提供: SIRABE
大分野 | 国際的機関の見解 |
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中分野 | 国連及び類縁機関 |
タイトル | 解説:福島第一原子力発電所事故による線量評価-UNSCEAR2020年報告書より- |
説明 | 1. 背景 2011(平成23)年3月11日14時46分に宮城県沖で発生した大規模な地震とその約1時間後に福島県の太平洋沿岸を襲った津波の影響で、福島県沿岸にあった東京電力福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という)では、国際原子力事業評価尺度(INES)で最上位のレベル7に位置づけられる深刻な原子力事故を引き起こした。福島第一原発では、交流電源の喪失によって原子炉の冷却ができなくなり、3つの原子炉(1 - 3号機)では炉心溶融(メルトダウン)が発生し、水素爆発による建物の損傷や圧力容器の破損を防ぐために人為的に行われたベント操作等に伴い、大量の放射性物質が大気中に放出された。また、メルトダウンによって核燃料が格納容器を突き抜けて地下に拡がり、地下水に到達して、多くの放射性物質が海洋へ流出した。 一方、大規模な自然災害や事故がもたらした混乱の中にあって、放射性物質の環境中への放出や拡散に関して収集・記録できたデータは限られていた。大気中への放射能放出の状況を示すデータとしては、福島第一原発のサイト内でのモニタリングデータや近隣自治体が設置していた空間モニタのデータがあるが、地震の影響で電力供給が途絶えて停止していたものも多く、特に事故発生から4日間ほど(3月15日まで)の肝要なデータが多くの場所で欠損していた。このことが、事故初期の放射性プルームの空間的拡がりや短半減期核種がもたらした被ばく線量の評価において大きな不確かさをもたらし、異なる研究者や研究機関による評価結果には大きな違いが見られた。例えば、事故から約10日後の2011年3月22日に、フランスの放射線防護原子力安全研究所(IRSN)により、福島第一原発から大気中へ放出されたヨウ素131(131I)の放射能量は90 PBq、セシウム137(137Cs)は10 PBqと推定されるとの発表がされた一方、同日にオーストリアの気象地球力学中央研究所(ZAMG)は、131Iの大気放出量は400 PBq、137Csは33 PBqであるとの推定結果を報告している。 2. 国連科学委員会(UNSCEAR)による初期の予測 このような、福島第一原発事故の影響について様々な情報や推測が飛び交うなか、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation、以下通称である「UNSCEAR」という)は、2011年5月の年次総会において、当該事故に関する多くの情報を収集・分析して、被ばく線量や健康影響についての信頼に足る科学的見解を2年間で報告書にとりまとめる計画を立て、国連加盟国の専門家約80名を集めた体制を構築し、2011年末から関連の活動を始めた。 UNSCEARによる福島第一原発事故の放射線影響評価には、国際原子力機関(IAEA)、世界保健機関(WHO)、世界気象機関(WMO)、国連食糧農業機関(FAO)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会等の国連専門機関も全面的に協力した。そして、事故から約2年の間に学術誌等に掲載された論文や政府機関等が作成した報告書等の情報に基づき、福島第一原発事故の放射線影響に関する評価結果をUNSCEAR2013年報告書[UNSCEAR, 2015](以下「2013年報告書」という)としてとりまとめ、2014(平成26)年4月に刊行した(日本語訳は2015(平成27)年に刊行された)。 UNSCEARは、2013年報告書において、大気中に放出された放射性核種が公衆にもたらす被ばく線量の評価を、外部被ばく・呼吸器からの吸入・経口摂取という3つの経路に基づいて実施した。具体的には、住民を年齢によって3つのグループに区分し、各グループについて、事故発生から1年間、10年間及び80歳までの3つの期間における実効線量と比較的放射線感受性の高い組織又は臓器(甲状腺、赤色骨髄、女性の乳房等)の吸収線量を計算した(図1)。 事故初期に相当の被ばくをもたらしたと推察されるが実測データが少なかった短半減期核種(132Iや132Te等)の寄与については、後日(事故発生から3 - 4か月後)測定された比較的半減期の長い核種(134Csや137Cs等)の地表沈着量データと、CTBTOのモニタリングステーションで実測された詳細な放射性核種濃度、そして、WMOの協力を得て行った大気拡散・沈着のモデルシミュレーションの結果等を総合的に解析することで推定した。そして、上記の過程を経て推定された空間線量率と、自治体等が把握していた避難の記録や各市町村の人口、当時市場に出回っていた食品の種類・量・平均摂取量とGe半導体検出器等で測定された代表的な食品の放射能濃度に基づき、住民の被ばく線量を推定した。 その結果、避難区域を除いた福島県及び近隣県における自治体において、事故から一年間に各自治体の住民が受けた平均実効線量は、福島市と二本松市で高かったと推定されたが、その線量レベルは4mSv程度であった。一方、乳幼児の甲状腺の平均吸収線量については、いわき市で最も高くなり、50mGyを超えると推定された。避難した住民の被ばく線量については、20km圏内の予防的避難区域とその外の北西方向に拡がった放射線レベルの高い計画的避難地域で区分し、避難パターンが異なるグループ毎の平均として評価が行われた。そして、平均実効線量は高いグループで10mSv前後、平均甲状腺線量は80mGyを超えると推定された(表1, 2)。UNSCEARは、2013年報告書において、事故から10年間及び住民が80歳になるまでの長期間の予測も行い、2年目以後の累積線量の増加はほとんどが放射性Csからのγ線による外部被ばくによってもたらされるとの予測に基づいて、公衆の健康影響について以下のように結論づけた(パラグラフ173 - 175参照)。 ・事故により日本の人々が受けた線量は概して低い; ・線量が最も高いケースで、固形がんの生涯リスクの増加は0.1%程度である; ・よって、発がん率や遺伝性影響に識別できる増加は予測されない; ・先天性異常の増加も予測されない; ・ただし、最も高い線量を受けた小児の甲状腺がんリスクには理論上増加する可能性がある。 3. UNSCEAR2020年報告書 UNSCEARは、2013年報告を完成させた時点(2014年春)から、数年後に着手することになると見込まれる続報への準備として、福島第一原発事故に関わる科学的知見を定常的にフォローするための体制を組織し、2017年まで継続して追跡調査を行って、収集・整理した情報を3冊の白書(2015年白書、2016年白書及び 2017年白書)にとりまとめた。これによって多くの新たな科学的知見が集積されたことを確認したUNSCEARは、2018(平成30)年の第65回年次会合で2013年報告書の続報(以下「2020年報告書」という)を2年間で作成するプロジェクトを立上げ、12加盟国の30人以上の専門家から成るグループを組織して、執筆作業を開始した。そして、2019年末までに公表された関連情報(査読付き論文や公的機関のデータ等)を収集・整理し、1,600以上の文献から500件程度を採用しするとともに、新たなソースターム(放射性物質の大気放出)やモニタリングのデータを用いた再評価を行った。 2020年報告書については、2013年報告書の方法に準じたやり方で再評価や執筆の作業は順調に進んだものの、新型コロナウィルス感染症の世界的な拡がりの影響を受けて2020年夏の第67回会合が冬に延期されたため、同報告書に係る国連総会への報告が2021年秋に行われることとなり、2年分を合わせた附属書が2020/2021年報告書として刊行されることになった。ただし、福島第一原発事故影響の再評価に関する部分は、先行版(advance copy)として、福島第一原発事故10周年のタイミングに合わせて2021(令和3)年3月に公開されている(日本語訳は2022(令和4)年に刊行された)。 2020年報告書の内容には、線量評価の仕方(図1)等は2013年報告書に準じており、全体として2013年報告書の推定結果や結論を追認する形となっているが、いくつか大きく変わったところがある。例えば、公衆の被ばく線量評価に用いられる大気への放射能放出パターン(ソースターム)について、総放出量の推定範囲(131I:100 - 500 PBq、137Cs:6 - 20 PBq等)は変わらないものの、2013年報告書では事故発生後数日間に起こった数回の大きな放射能放出を単純な矩形で近似するソースターム[Terada, H et al. 2012]を採用したのに対し、2020年報告書ではより細かく放出量の時間変動を記述したソースターム[Terada, H. et al. 2020]が用いられている。また、事故直後に地元食品の摂取が制限されていた状況、測定下限の取扱い、日本人特有のヨウ素の取込み割合等が、より現実的に評価に取入れられている。 その結果、2020年報告書では、公衆の被ばく線量、特に経口摂取に伴う内部被ばく線量の推定値が2013年報告書に比べて顕著に小さくなった。例えば、2020年報告書における甲状腺吸収線量の推定値は、2013年報告書の値の半分未満になっている(表2, 3)。これらの推定値の不確かさについては、個人線量の推定値の分布が対数正規分布で近似できるとしたうえで、個人線量の5パーセントタイル値と95パーセントタイル値が、それぞれ平均線量の3分の1と3倍に概ね相当するとしている。 UNSCEARは、2020年報告書において、公衆について再評価されたこれらの線量のレベルに基づき、以下のような見解を記している(パラグラフ215 - 235参照)。 ・母親の胎内で被ばくした子どもを含む小児についてはどの年齢層においても甲状腺がんの増加は見られそうにない; ・県民健康調査で報告されている小児甲状腺がんの報告件数が他の地域より多い主たる理由は、放射線被ばくではなく、高感度・高精度スクリーニング技法を用いたことにある; ・被ばく時の年齢が16 - 18歳の小児で最も甲状腺がんの発生率が高いこと等から、以前は検出されていなかった甲状腺異常の罹患割合が明らかになったに過ぎない; ・甲状腺がん以外の放射線影響:白血病やその他のがんの発生及び胎児への影響(先天性異常、死産等)並びに心血管系疾患や白内障等の組織反応について、識別できるような増加は、どの集団においても予想されない。 4. さいごに 本解説では、UNSCEAR が2021年に公開した2020年報告書 [UNSCEAR, 2022]のうち公衆被ばくに関する福島第一原発事故の放射線影響に関する評価結果の概要を、2014年に公開した2013年報告書[UNSCEAR, 2015]と対比する形で紹介した。2020年報告書では、2013年報告書の見解を強く支持する形で、福島第一原発事故由来の放射線被ばくが直接の原因となるような健康影響(がんや先天性異常など)の有意な増加は、これまでにも確認されていないし、今後も観られる可能性は低いことが明瞭に述べられている。 なお、本解説では紙面の都合上割愛したが、2020年報告書には、福島第一原発事故の作業者や生態系への影響についても再評価された結果が示されており、作業者に白血病や固形がんの発生率上昇は見られないことや野生生物には一過性の影響が見られること等が報告されている。これらについてご関心のある方には、UNSCEARのウェブサイトから報告書をダウンロード(無料)してご覧いただきたい。 注)UNSCEAR UNSCEARは、1955(昭和30)年12月の国連総会決議によって設置された科学者だけから成る国連委員会で、その使命は、電離放射線の線源と影響について評価を行い、放射線に関する意思決定に科学的根拠を提供することにある。発足当初のUNSCEAR加盟国は日本を含む15か国であったが、その後徐々に増加し、2022(令和4)年12月現在は31か国となっている。事務局は、当初は国連本部のあるニューヨークにあったが、1974年に国際原子力機関(IAEA)のあるオーストリア国ウィーン市に移り、現在に至っている。 https://www.unscear.org/unscear/en/about-us/index.html |
キーワード | UNSCEAR、福島、原発事故、公衆被ばく、甲状腺 |
図表 | 図1. UNSCEARが福島第一原発事故の影響評価において実施した公衆被ばくの線量評価に係る作業フロー 表1. 避難区域外の住民が福島第一原発事故の発生から一年間に受けた実効線量及び甲状腺吸収線量の推定値について2013年報告書[UNSCEAR, 2015と2020年報告書[UNSCEAR, 2022]での比較.] 表2. 避難住民が福島第一原発事故の発生から一年間に受けた実効線量及び甲状腺吸収線量の推定値について2013年報告書[UNSCEAR, 2015と2020年報告書[UNSCEAR, 2022]での比較.] |
参考文献 | UNSCEAR2020年報告書 |
参照サイト | |
作成日 | 2022年12月 |
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