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大分野 重要論文の解説
中分野 低線量被ばく
タイトル Background Radiation and Cancer Excluding Leukemia in Kerala, India Karunagappally Cohort Study.
日本語タイトル インド、ケララ州における自然放射線と白血病を除くがんのカルナガパリコホート研究
著者 Jayalekshmi Padmavathy Amma, Rekha A Nair, Raghu Ram K. Nair, David G Hoel, Suminori Akiba, Seiichi Nakamura, Keigo Endo
文献情報 Radia. Environ. Med. 10(2) 74-81 (2021)
説明 放射線被ばくに伴うがんリスク評価においては広島・長崎の原爆被爆者の疫学調査(LSS調査)から得られるリスク係数が主に用いられる。広島・長崎の原爆被爆者は、高線量・高線量率の被ばくである一方で、放射線防護は通常、低線量低線量率の被ばくである。そのため、例えば国際放射線防護委員会(ICRP)は線量・線量率効果係数を適用して放射線リスク評価を行っている。低線量・低線量率の慢性被ばくの放射線影響を直接的に評価するには、通常の自然放射線レベルより高い場所である高自然放射線地域の疫学研究が有用であるが、これを実施可能な地域及び集団は世界でも数少なく、その一つとして本論文の調査対象地域であるインドのケララ州沿岸の高自然放射線(HNBR)地域がある。本研究の前報[Nair RR, 2009](以降「前報」と記載する)において、1990年から2005年の間にインドのケララ州沿岸のHNBR地域の住民からなるカルナガパリコホートのがん発生率調査では、この地域のがんリスクの過剰は認められなかった。本論文は前報より対象地域を拡大し、さらに、追跡期間が12年延長されたため、得られた過剰相対リスク(ERR)は前報とほぼ同値だが、信頼区間がはるかに狭くなったことが重要な点である。これにより、低線量率放射線の慢性被ばくに伴うがんリスクは、広島・長崎のLSS調査で得られる高線量率の被ばくに伴うがんリスクよりも有意に低い可能性が前報より格段に高まったと言える。

前報にてまとめられた研究では、残りの6つのパンチャヤット(村)のデータベースが完成していなかったため、解析対象はタルク(インドの行政区分)内の6つのパンチャヤットのコホートメンバーに限定された。本論文の研究では、コホートをタルク全域の住民に拡大し、追跡期間が12年延長され、1990年から2017年のカルナガパリにおける自然放射線の累積線量に関連したがん罹患率が評価された。コホートは76,773世帯、385,103人(男性191,149人、女性193,954人)が対象とされ、屋内外の放射線量測定、社会統計情報、食生活、喫煙や飲酒に関する基礎調査が実施された。この調査では、71,674世帯、359,619人の情報が得られ、これは人口の93%、世帯の94%に相当した。本論文では前報の対象をオリジナルサブコホート、新たに追加されたコホートを追加サブコホートと呼んでおり、フルコホートはオリジナルサブコホートと追加サブコホートから構成される。リスク解析では30 - 84歳が対象とされた。個人被ばく線量は、屋外・屋内被ばく線量と性・年齢別被ばく依存の線量係数に基づいて推定された。
がんリスク解析に用いた放射線量(空中カーマ:mGy y-1)は、シンチロメータによる年間線量に0.97を乗じることによってTLD換算年間線量が求められた。各区で全家屋の2%を無作為に抽出し、その家屋に住む全年齢層の住民7711人(男性3783人、女性3928人)の居住係数に関する情報を収集し、0.5から0.89の値が得られた。また、2001年と2010年に実施された全世帯の戸別訪問調査により、移住に関する情報が収集され、タルク外への移住は約6%であることが分かった。移住に関する情報は、コホート内の個人の累積線量を推定する際に考慮された。
測定した放射線量のうち宇宙線成分の空気カーマ値を屋内0.227 mGy y-1、屋外0.252 mGy y-1と仮定し、各個人の年間吸収線量を次の計算式により算出された。
年間線量(mGy)={[屋内線量y-1 - 0.227]×OFindoor+[区またはパンチャヤットの屋外線量y-1(平均)-0.252]×OFoutdoor}×CF
OFは、0.5から0.89までの性・年齢による居住係数であり、CFはICRP Publication116[ICRP, 2015]に示された空気カーマから臓器別吸収線量への換算係数である。本研究で使用された232ThのCFは、結腸に対し男性で0.785、女性で0.891であった。また、1 - 14歳の小児および1歳未満の乳児のCFは、それぞれ10%、30%増加させた値が用いられた。結腸線量は、原爆被爆者のがんリスク解析で用いられているため、リスク解析に用いたが、大地からの放射線被ばくによる線量を推定するために、測定された線量から宇宙線成分が差し引かれた。個人の累積線量は、統計解析ソフトであるEPICURE注)を用いて、年線量を時間依存的に積算することにより算出された。なお、累積線量の推定には、摂取・吸入した放射性核種からなる内部被ばく量は考慮されなかった。
コホート中のがん症例は、前報に記載されているように、カルナガパリのがん登録によって確認された。性別、到達年齢(5年区分)、追跡期間(1990 - 1996、1997 - 2003、2004 - 2010、2011 - 2017)、およびその他の共変量によるクロス分類のデータに基づいて統計解析が実施された。移住調査は2001年と2010年に実施された。人年、がん患者数はEPICUREのDATABによって算出され、また、同様にEPICUREのAMFITによってポアソン回帰分析が実行された。線形線量反応を仮定し、白血病を除く全がんのリスク罹患時点から10年前の累積線量に対する過剰相対リスク(ERR)が推定された。潜伏期間を10年とする場合、ある線量が時刻t - 10年以前に受けたものであれば、時刻tの累積線量の計算に含まれる。コホートへの追跡開始は面接日とされ、その範囲は1990年1月1日から1997年12月31日までであった。追跡終了は、がん症例の診断日、死亡者の死亡日、調査地域からの移住日、追跡調査終了日(2017年12月31日)、85歳到達日のいずれか先に発生した日に設定された。人年計算では、2001年と2010年に行われた移住調査で確認された移住が考慮されたが、移住は非常に少ないため、調査後の期間は無視された。
本研究では、面接時に30 - 84歳であった住民149,585人(男性68,334人、女性81,251人)が調査対象となり、オリジナルサブコホートメンバーは69,958人、追加サブコホートメンバーは79,627人であった。2017年末までの累積観察人年は2,458,250人年であった。追跡期間中、白血病を除くがんは6,804例(男性3,773例、女性3,031例)、白血病は135例が確認された。がんの診断は78%が病理組織学または細胞学に基づき、6%が死亡診断書の情報をもとに人口動態統計課から把握された。対象者の宗教、教育および生活習慣は、放射線関連のがんリスクの予備的解析において交絡因子となりうると考えられたため、それらの相対リスク(RR)も評価された。職業または年収は、学歴を調整すると十分強い交絡因子としては示されなかった。また、すべての解析で、性、到達年齢、追跡期間によって層別化されたデータが用いられた。
教育、ビディ(インド特有のたばこ)喫煙、紙巻たばこの喫煙、飲酒の調整により、ERRは-0.05 Gy-1(95%信頼区間:-0.33, 0.29)と推定された。男性および女性のERRは、それぞれ-0.20 Gy-1(95%信頼区間:-0.52, 0.20)および0.24 Gy-1(95%信頼区間:-0.27, 0.89)と推定され、性差は統計的に有意ではなかった。リスク解析での線量は、1990 - 1997年の期間に行われた家庭の線量調査時の年間環境線量((0.7×年間室内線量)と(0.3×年間屋外線量)の合計)が用いられた。白血病を除くがんのリスクは、いずれの年齢層においても年間環境線量と相関は認められなかった。小児期線量(0 - 14歳の間に被ばくした放射線量)を用いた解析の結果、ERRは観察されなかった。小児全対象者、男性および女性に対するERRは、それぞれ-0.35 Gy-1(95%信頼区間:-1.28, 0.72), -0.58 Gy-1(95%信頼区間:-1.68, 0.77),0.03 Gy-1(95%信頼区間:-1.49, 1.87)であった。
データを性、到達年齢、追跡期間およびサブコホートメンバーで層別化したポアソン回帰分析では、教育、ビディ喫煙、タバコ喫煙、飲酒で調整すると、白血病以外のがんのERRは-0.09 Gy-1(95%信頼区間:-0.37,0.23)と推定された。白血病も線量と有意な関係はなかった。タバコの喫煙は、すでに報告されているように調査地での使用者が少ないため、考慮されなかった。前報で論じられように、この研究にはいくつかの限界があると著者らは述べている。一つは、生涯の居住係数が不明であり、屋内外の線量が変化する可能性があるため、個人線量推定に不確実性があることである。本研究では、前回の研究と同様に、対象者がタルク外の出身である場合には、タルク外に居住していた期間のケララ州の平均的な屋内外の線量が使用された。また、個人の医療被ばくに関する情報は得られなかった。ただし、インドではX線検査による一人当たりの年間線量は0.15 mSvに過ぎないとされている。原子放射線に関する国連科学委員会UNSCEARの2017年報告書[UNSCEAR、2017]では、低線量率被ばくによる発がんリスクを評価する上で特に重要な研究として、インド・ケララ州のカルナガパリコホート研究、ロシアのテチャ川コホート研究が評価されている。しかし、低線量率影響について明確な結論を出すには、より多くの研究が必要であると結論づけられた。
本研究により、低線量率の慢性被ばくのERRが-0.05 Gy-1と推定された。繰り返しになるが、本論文の重要な点は、得られたERRが前報のリスク解析結果(ERR = -0.13 Gy-1,95%信頼区間 -0.58, 0.46)とほぼ同値だが、前報より追跡期間が12年延長されたため、本研究で得られた信頼区間がはるかに狭くなったことである。これにより、低線量率放射線の慢性被ばくに伴うがんリスクは、高線量率の被ばくに伴うがんリスクよりも有意に低い可能性が格段に高まったと言える。一方で、放射線に関連する相対リスクの大きさは被ばく時年齢に依存することが知られているので、このような比較を行うには被ばく時年齢の整合性が必要であることも述べられており、さらなる調査研究の進展が望まれる。
キーワード がん罹患率、自然放射線、リスク解析、放射線防護
図表 図1 インド高自然放射線地域疫学調査結果と原爆被ばく疫学調査との比較 被ばくした総線量を横軸とし、被ばくした集団の対照とする被ばくしていない集団に対する相対リスクRRを示している。相対リスクの数値が1を超えるとリスクが高まることになる。なお過剰相対リスクと相対リスクはERR=RR-1の関係である。
参考文献 ICRP, 国際放射線防護委員会の2007年勧告, Publication 103 (2009)
https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
ICRP, 外部被ばくに対する放射線防護量のための換算係数, Publication 116 (2015)
https://www.icrp.org/docs/P116_Japanese.pdf
Grant EJ, et al. Solid Cancer Incidence among the Life Span Study of Atomic Bomb Survivors: 1958-2009. Radiat Res. 187(5)513-537. (2017) doi: 10.1667/RR14492.1. Epub 2017 Mar 20. PMID: 28319463.
Jayalekshmi P A. et al, Background Radiation and Cancer Excluding Leukemia in Kerala, India ?Karunagappally Cohort Study, Radia. Environ. Med. 10(2) 74-81 (2021)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/radiatenvironmed/10/2/10_74/_article/-char/ja
Nair RR, et al. Background radiation and cancer incidence in Kerala, India-Karanagappally cohort study. Health Phys. 96(1)55-66 (2009) doi: 10.1097/01.HP.0000327646.54923.11. PMID: 19066487.
UNSCEAR, "UNSCEAR 2017 Report, Scientific Annex B: Epidemiological studies of cancer risk due to low-dose-rate radiation from environmental sources", United Nations (2017)
https://www.unscear.org/unscear/uploads/documents/publications/UNSCEAR_2017_Annex-B.pdf
参照サイト
更新日 2022年12月