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大分野 影響
中分野
タイトル 動物実験に見る低線量・低線量率効果
説明 LET放射線を、低線量低線量率で被ばくしたときの影響(発がん、寿命短縮など)は、高線量・高線量率被ばくでの線量-反応関係から推定される影響よりも小さくなる傾向にある。低線量・低線量率では、損傷をより長い時間をかけて修復できるからと考えられている。このような現象は、実験室の細胞レベルのみでなく、マウスなどの実験動物の個体レベルでも観察されている。

Ullrichら[1979a,1979b, 1979c]は、137Cs線源からのγ線を、低線量率(0.069mGy/分)、高線量率(450mGy/分)でマウス(約4万匹)に照射し、胸腺リンパ腫、骨髄白血病細網肉腫、卵巣腫瘍、下垂体腫瘍、ハーダー腺腫瘍、乳腺腫瘍および肺腺がんの発生率について、線量-反応関係を得ている。線量-反応関係は臓器によって異なる。低線量率照射においては胸腺リンパ腫(雌)、骨髄性白血病(雌)および卵巣腫瘍で、一方、高線量率照射では卵巣腫瘍でのみ、それ以下の線量で効果(がん発生率の増加)が現れないしきい線量の存在が示唆されている。

一般に寿命は、被ばく線量とともに直線的に短くなるが、低線量率では高線量率よりも寿命短縮率が小さくなるとの報告がある。Tanakaら[2003, 2007]はマウス(計3,000匹)に21mGy/日(16μGy/分、μGyはmGyの1/1,000、1日あたり22時間照射)、1.1mGy/日(0.83μGy/分、1日あたり22時間照射)、0.05mGy/日(0.038μGy/分、1日あたり22時間照射)の3種類の線量率で400日間γ線量を照射し、放射線照射しないマウス(1,000匹)と比較した。その結果、21mGy/日(総線量8000mGy)では雌雄ともに有意な寿命短縮が観察されたが、1.1mGy/日(総線量400mGy)においては雄の寿命短縮は認められず、さらに0.05mGy/日(総線量20mGy)では、雌雄ともに有意な寿命短縮はなかったと報告している。Courtadeら[2002]も、0.27mGy/日(およそ0.2μGy/分、1日あたりの照射時間不明)の線量率でマウス300匹にγ線を生涯照射し、照射しない同数のマウスと比較した結果、寿命あるいは死因に有意な影響は見出されなかったとしている。Lacoste-Collin ら[2007]は、B細胞リンパ腫を発症しやすい系統のマウス560匹(照射群280匹、非照射群280匹)を用いて同様に0.27mGy/日で生涯照射実験を行い、やはり寿命の有意な変化はなかったと報告している。

生殖細胞での突然変異は、次世代において遺伝性影響として発現する。放射線の遺伝性影響の評価には、自然突然変異頻度を2倍にする線量(倍加線量)が用いられてきた。マウスを用いた実験により、急性(高線量率)照射の倍加線量として約0.3Gy、低線量率照射の倍加線量として約1Gyという値が得られている[Russell and Kelly 1982]。すなわち、低線量率照射による遺伝性影響のリスクは、急性照射の約1/3と考えられる。

リスクを評価する上でこのような線量・線量率の低減による生物効果の減少を補正するために、線量・線量率効果係数(DDREF)が考案されている。UNSCEAR [1993, 2000]では、低線量・低線量率効果に関わる動物実験の知見を包括的に論評し、線量-効果関係やDDREFを推定している。その中で、動物の発がん実験に関するDDREFについては「約1から10もしくはそれ以上」としており、極めて大きな幅がある。これは、用いる動物の種類や系統の違い、放射線照射の方法や動物の飼育環境など実験条件の違いによるもののほか、着目する組織(がんの種類)によっても実験結果が異なるためである。ICRP[1991,2007]は動物実験のほか、疫学や細胞実験の結果も踏まえ、DDREFの値として2を提案している。
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図表
参考文献 Ullrich RL and Storer JB. Influence ofγirradiation on the development of neoplastic disease in mice. Reticular tissue tumors. Radiat. Res., 80, 303-316(1979a)
Ullrich RL and Storer JB. Influence ofγirradiation on the development of neoplastic disease in mice. Solid tumors. Radiat. Res., 80, 317-324(1979b)
Ullrich RL and Storer JB. Influence ofγirradiation on the development of neoplastic disease in mice. Dose-rate effects. Radiat. Res., 80, 325- 342( 1979c)
Tanaka S et al. No lengthening of life span in mice continuously exposed to gamma rays at very low dose rates. Radiat. Res., 160, 376-379(2003)
Tanaka IB et al. Cause of death and neoplasia in mice continuously exposed to very low dose rates of gamma rays. Radiat. Res., 167, 417-37(2007)
Courtade M et al. Life span, cancer and non-cancer diseases in mouse exposed to a continuous very low dose of γ-irradiation. Int. J. Radiat. Biol., 78, 845-855(2002)
L. Lacoste-Collin er al. Effect of Continuous Irradiation with a Very Low Dose of Gamma Rays on Life Span and the Immune System in SJL Mice Prone to B-Cell Lymphoma. Radiation Research 168, 725-732(2007)https://doi.org/10.1667/RR1007.1
Russell WL, Kelly EM. Mutation frequencies in male mice and the estimation of genetic hazards of radiation in men. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 542-4(1982)
UNSCEAR 1993, ANNEX F: Influence of dose and dose rate on stochastic effects of radiation, II Dose-response relationships in experimental systems, A. tumorigenesis in experimental animals.(1993)
UNSCEAR、「放射線の線源と影響 : 原子放射線の影響に関する国連科学委員会の,総会に対する2000年報告書」原子放射線の影響に関する国連科学委員会編、放射線医学総合研究所 監訳、実業公報社、東京(2002)
参照サイト
作成日 2019/03/01
更新日