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大分野 | 重要論文の解説 |
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中分野 | 低線量被ばく |
タイトル | Biological Effects of Low-Dose Chest CT on Chromosomal DNA |
日本語タイトル | 低線量胸部CTによる染色体DNAに対する生物学的影響 |
著者 | Sakane, H. et al. |
文献情報 | Radiology. 295(2), 439-445 (2020) |
説明 | CTは、現代医療において最も重要な検査のひとつである。CT装置の進歩に伴い、心臓CTやCT検診等も普及しており、その件数は増加傾向にある。また、異なったエネルギーのX線を用いることで物質の分別が可能なDual energy CTや従来CTの2倍の空間分解能を有する超高精細CTなど新しい技術も登場し、今後も幅広い領域での応用が期待される。しかしながら、CTは放射線を用いるため、放射線被ばくによる発がんなどの生物学的影響が懸念されている[Berrington de Gonzalez A and Darby S, 2004., Brenner DJ and Hall EJ., 2007]。本稿では、Sakane, Hら[2020]の論文を中心に、CT検査の放射線被ばくによるDNA損傷の研究について解説する。 近年、CTの放射線被ばくによるDNA損傷について、DNA損傷の生物学的指標であるγ-H2AXフォーカスや染色体異常を用いて検討する研究が行われている[Brand M, et al., 2012, Fukumoto W, et al. 2016, Rothkamm K, et al., 2007]。γ-H2AXフォーカスは、リン酸化されたヒストンH2AXが構築する球状の細胞核内高次構造体で、切断された二本鎖DNAの修復過程初期に認められ、1つのγ-H2AXフォーカスに1つのDNA二本鎖切断が含まれている(図1)。また、染色体異常は、切断された二本鎖DNAが誤って再結合された染色体で、緊急被ばく医療分野では、二動原体染色体や環状染色体が直近の放射線被ばくの線量評価の指標となっている(図2)。 これら生物学的指標の増加は、1回のCT検査による放射線被ばくでも確認されており、CTによる放射線被ばくは可能な限り線量を低くすることが求められている[Brand M, et al., 2012, Fukumoto W, et al. 2016, Rothkamm K, et al., 2007]。一方、放射線量を低減するとCT画質の劣化が生じる。このため近年では、逐次近似再構成法や豊富なデータから自動的に特徴を見つけ出すDeep learning技術を用いた再構成法により画質を担保しながら線量を低下させる低線量CT技術が発展してきている。低線量CTを用いた肺がん検診は、重喫煙者における肺がんの死亡率を約20%低下させる非常に有効なスクリーニング法であることが知られている[National Lung Screening Trial Research T, et al., 2011]。しかし、CT検査による被ばく線量をどの程度まで下げるべきかについては定まった見解はなく、長年の研究課題となっている[Higaki T, et al., 2019., Tatsugami F, et al., 2019., Tatsugami F, et al., 2017]。 そこで、Sakaneら[2020]はγ-H2AXフォーカスと染色体異常を用いて、通常の線量で撮影した胸部CTと低い線量で撮影した低線量CTで生じたDNA損傷の違いについて検討した。 広島大学病院胸部外科で胸部CTが撮影された症例のうち3か月以内に放射線を用いた検査歴がある人などを除いた209人を対象としている。低線量CTと通常線量CTの平均実効線量はそれぞれ1.5mSv、5.0mSvであり、低線量CTの実効線量は通常線量CTの30%程度であった。これらの症例について、CT撮影直前と撮影15分後に採血を行い、末梢血リンパ球のγ-H2AXフォーカスと染色体異常の数を測定した。1細胞当たりのγ-H2AXフォーカス数は、通常線量CTでは平均0.11個から0.16個に増加していたが、低線量CTでは有意な増加が認められなかった。染色体異常数についても、通常線量CTでは1000細胞あたり平均7.6個から9.7個に増加していたが、低線量CTではγ-H2AXフォーカスと同様に有意な増加が認められなかった。今回の研究に参加した209人中63人は、3か月以上の期間を空けて通常線量CTと低線量CT撮影を受けていたので、同一症例についてそれぞれの検査の前後でγ-H2AXフォーカスと染色体異常を解析し結果の検証を行った。その結果、同一症例についても、通常線量CTではγ-H2AXフォーカス数と染色体異常数の増加が認められたが、低線量CTでは認められなかった。これらの結果から、通常線量CTによる放射線被ばくの染色体DNA損傷を鋭敏に検出できる検査法を用いても、低線量CTの放射線被ばくによる染色体DNA損傷は検出できないほど低いレベルであることが示された。本研究では、異なる症例と同一症例で、γ-H2AXフォーカスと染色体異常という2つの異なった生物学的指標を用いてDNA損傷の定量化を行って、同様の結果が得られており、信頼性の高い結果が得られていると考えられる。 ただし、肺がんCT検診などでは、繰り返しCT検査を受けることもあり、頻回のCT撮影によるDNA損傷の誘導やその蓄積についても検討する必要がある。また、年齢や性別、喫煙歴、放射線感受性などの個人差や造影剤使用の有無などがDNA損傷に与える影響についても考慮すべきであり、今後の更なる検討が望まれる。 本研究では、低線量CTによる有意なDNA損傷の増加は認められておらず、低線量CTによる肺がんCT検診での放射線被ばくは、生物学的観点からは許容されるレベルであると考えられる。CTの放射線量低減において、どの程度まで低減すべきかが長年の研究課題であったが、本研究の結果は今後CTの線量をどの程度まで下げるべきか議論するうえで重要な指標になると考えられる。DNA損傷の新しい生物学的指標が、被ばく影響を考慮した新しい医療放射線管理体制の確立に資する重要な指標となる可能性が示された。 |
キーワード | CT、DNA損傷、γ-H2AXフォーカス |
図表 | 図1 γ-H2A 赤く標識される点がDNA損傷後の初期の修復過程でヒストンH2AXがリン酸化されたγ-H2AXフォーカスである。これを測定することによりDNA損傷の定量化が可能である。 図2 染色体異常 矢印はセントロメアを2つ有する染色体異常の二動原体染色体である。 DNA損傷の修復ミスにより生じる変化であり、DNA損傷の古典的な生物学的指標として用いられている。 |
参考文献 | ・Berrington de Gonzalez A and Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 363, 345-351(2004) ・Brenner DJ and Hall EJ. Computed tomography--an increasing source of radiation exposure. N Engl J Med 357, 2277-2284 (2007) ・Brand M, et al. X-ray induced DNA double-strand breaks in coronary CT angiography: comparison of sequential, low-pitch helical and high-pitch helical data acquisition. Eur J Radiol 81, e357-362 (2012) ・Fukumoto W, et al. DNA damage in lymphocytes induced by cardiac CT and comparison with physical exposure parameters. Eur Radiol. 10.1007/s00330-016-4519-8 (2016) ・Higaki T, et al. Improvement of image quality at CT and MRI using deep learning. Jpn J Radiol 37,73-80 (2019) ・National Lung Screening Trial Research T, et al. Reduced lung-cancer mortality with low-dose computed tomographic screening. N Engl J Med 365,395-409 (2011) ・Rothkamm K, et al. Leukocyte DNA damage after multi-detector row CT: a quantitative biomarker of low-level radiation exposure. Radiology 242, 244-251 (2007) ・Tatsugami F, et al. Deep learning-based image restoration algorithm for coronary CT angiography. Eur Radiol. 10.1007/s00330-019-06183-y (2019) ・Tatsugami F, et al. Coronary Artery Stent Evaluation with Model-based Iterative Reconstruction at Coronary CT Angiography. Acad Radiol 24,975-981 (2017) |
参照サイト | Sakane, H. et al. Biological Effects of Low-Dose Chest CT on Chromosomal DNA, Radiology. 295(2), 439-445(2020)https://pubs.rsna.org/doi/pdf/10.1148/radiol.2020190389 |
更新日 | 2021年12月 |
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