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大分野 影響(生体応答・生物影響・健康影響を含む)
中分野 分子レベルの反応
タイトル DNA二本鎖切断
説明 DNAの相対する2本の鎖が同時に切断されること。原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)2000年報告[2002]によると、1 Gyの照射で1細胞あたり約40個生じると推定されている。この数は、塩基損傷(約500個)、一本鎖切断(約1,000個)、DNA-タンパク質架橋(約150個)などより少ないが、DNA二本鎖切断は種々のDNA損傷の中で最も重篤と考えられている。
放射線によるDNA二本鎖切断は、DNA一本鎖切断とともに、Freifelderによって初めて示された[1965]。Freifelderは大腸菌に感染するT7ファージを用いて、放射線による不活性化(感染力の喪失)とDNA二本鎖切断の生成が対応することを示した。哺乳動物細胞におけるDNA二本鎖切断は、VeatchとOkadaによって示された[1969]。当初、DNA二本鎖切断は回復不能の損傷と考えられていたが、その後、修復機構が存在することが明らかになった。
DNA二本鎖切断の検出や定量の方法は、DNAの分子量や長さの変化に着目するものと、DNA末端に着目するものに大別される。より長い歴史を持つ前者にはいくつかの方法があるが、いずれの方法もDNA二本鎖切断の分析には主に中性条件が用いられ、DNA一本鎖切断の分析には主にアルカリ性条件が用いられるという共通点がある。DNAの分子量や長さを分析する方法には、遠心法、フィルター溶出法、電気泳動法などがある。遠心法やフィルター溶出法では、DNAの分子量や長さを検出可能な程度に小さくするために数十 - 数百Gyの大線量を必要とする。そのため、1960年代から80年代にかけては主流であったが、今日ではほとんど用いられていない。電気泳動法は、数Gy程度の放射線照射によるDNA切断の検出を可能とする新法が生み出されて現在も用いられている。一つは、数十秒から数分の周期で電場の方向を変化させながら、長時間の泳動を行うパルスフィールド電気泳動法である[Agerら, 1990]。この方法は、大きなDNA分子の分画が可能であることを特徴とし、放射線生物学に限らず、微生物のゲノム解析研究にも用いられている。もう一つは、細胞をゲルに包埋して溶解、電気泳動を行うコメット電気泳動法(涙滴電気泳動法、単一細胞ゲル電気泳動法などとも呼ばれる)である[Oliveら, 1990]。この方法の特色は、細胞個々のDNA切断を評価できることである。放射線照射を受けず、DNA分子が切断されていなければ、DNAが元の核の位置からほとんど動かず、DNAの分布は細胞ごとに円形か、離心率の低い楕円形を示す一方、放射線照射によってDNAが切断を受けるとDNA断片が元の核の位置から動いて、彗星あるいは涙滴のように長い尾を引いた形状となるので(これが上記の名称の由来である)、流れたDNA断片量をもとに切断の程度を判定する。
DNA末端に着目する方法として、まず登場したのは、TUNEL(TdT-mediated UTP nickend labeling)法が挙げられる。この方法では、DNA末端にランダムにヌクレオチドを付加するTdT(Terminal deoxyribonucleotidyl-transferase)を利用して、DNA末端に修飾塩基を取り込ませ、修飾塩基自身の蛍光やこれに対する蛍光抗体を用いて検出するものである。ただし、この方法は現在においては、放射線によるDNA切断の検出や定量よりも、アポトーシスの指標としてよく用いられている。また、2000年前後から登場し、今日最もよく用いられているのが、DNA二本鎖切断に対する応答や修復に関わるタンパク質(γ-H2AX、53BP1など)に対する抗体を用いた染色により検出する方法である[Rogakouら、1999、Schultzら、2000]。γ-H2AXは、ヒストンの構成成分の一つH2AXの139番目のセリンがリン酸化されたものである。DNA二本鎖切断が生じると、ATM(Ataxia-telangiectasia mutated、毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子産物)あるいはDNA-PK(DNA依存性プロテインキナーゼ)が切断部近傍のヒストン中のH2AXのこの部位をリン酸化する。これが目印となって、多くのDNA二本鎖切断修復および損傷応答に関わるタンパク質が切断部位に集まってくるが、そのうち一つが53BP1である。放射線照射した細胞をγ-H2AXや53BP1などに対する抗体を用いて染色し、蛍光顕微鏡で観察すると、ドット状の像が見られる。これをフォーカスといい、照射後しばらくは1個のフォーカスが1個のDNA二本鎖切断に対応するため、DNA二本鎖切断の数を数えることができる。その数は以前に遠心法などで求められた切断数と概ね一致し、DNA二本鎖切断が修復されるとフォーカスが消失することから、DNA二本鎖切断の修復過程の観察や修復能の評価にも用いられている。
DNA二本鎖切断の修復については別項目を参照。
キーワード DNA一本鎖切断 TUNEL法 γ-H2AX
図表
参考文献 ・UNSCEAR, UNSCEAR 2000年報告書「放射線の線源と影響」 (下巻 影響)(2002)
・Freifelder D. Mechanism of inactivation of coliphage T7 by X rays. Proceedings of National Academy of Science The United States of America 54, 128-134(1965).
・Veatch W, Okada S. Radiation-induced breaks of DNA in cultured mammalian cells. Biophysical Journal 9, 330-346 (1969).
・Ager DD, Dewey WC, Gardiner K, et al. Measurement of radiation-induced DNA double-strand breaks by pulsed-field gel electrophoresis. Radiation Research 122, 181-187 (1990).
・Olive PL, Banath JP, Durand RE. Heterogeneity in radiation-induced DNA damage and repair in tumor and normal cells measured using the "comet" assay. Radiation Research 122, 86-94 (1990).
・Rogakou EP, Boon C, Redon C, et al. Megabase chromatin domains involved in DNA double-strand breaks in vivo. Journal of Cell Biology 146, 905-916 (1999).
・Schultz LB, Chehab NH, Malikzay A, et al. p53 binding protein 1 (53BP1) is an early participant in the cellular response to DNA double-strand breaks. Journal of Cell Biology 151, 1381-1390 (2000).
参照サイト
作成日 2020/12/01
更新日