提供: SIRABE
大分野 | 防護(放射線管理・規制を含む) |
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中分野 | 防護体系 |
タイトル | 3つの被ばく状況 |
説明 | 3つの被ばく状況はICRP2007年勧告で初めて定義された。前の主勧告である1990年勧告では行為と介入という概念で被ばくを分類していた。放射線源を意図的に利用することで便益が得られる人間活動は、結果として被ばくが生じることになる。この人間活動を行為(practice)と定義した。一方、事故や自然放射線からの被ばくは、介入(intervention)によって被ばくを低減すること可能であり、介入は被ばくを低減できる人間活動と定義した。行為と介入は、放射線被ばくの増減をもたらすプロセスに注目した分類であることから、process-based approachと呼ばれた。2007年勧告は、被ばくの状況に注目した分類(situation-based approach)に変更した。これによって、行為と介入で分類することはなくなったが、用語はこれまでも使用されている。2007年勧告で新しく導入された被ばく状況は、緊急時被ばく状況、現存被ばく状況、計画被ばく状況の3つに分類される。行為と介入は人間活動に着目した概念であるが、被ばく状況は、被ばくを招く事象と状況のネットワークに注目した概念として説明される。線源が意図的に導入されれば、被ばくの原因となる。一方、放射線防護を実施するときに、線源がすでに存在する事象があり被ばくの原因となることがある。線源となる放射線や放射性物質は環境などの経路を介して人に到達し被ばくをもたらす。このようなプロセスで被ばくを捉えるとき、放射線防護は線源あるいは被ばく経路において防護措置をとる場面が明確になる。放射線防護の観点から分類したのが3つの被ばく状況といえる。 ICRPがいう放射線防護の対象は自然および人工の放射線源からのあらゆる電離放射線による被ばくとしている。放射線防護の観点から定義する線源とは、必ずしも物理的な放射線発生源や放射性物質を意味するのではなく、被ばくの原因となる1つのまとまった全体として捉える実体である。例えば、放射性物質を製造する施設、放射性物質を貯蔵する施設、放射線を発生する加速器施設などの施設、あるいは地殻に存在する放射性物質、事故によって環境中に放出され残留する環境媒体中の放射性物質などが、放射線防護を適用するときの対象として捉えるひとまとまりの実体としての線源の例である。 放射線防護の観点から分類した3つの被ばく状況は下記のように定義される。 ● 計画被ばく状況とは,線源を意図的に導入し運用することに伴う被ばくが生じる状況である。放射線利用を計画する段階で定常的に予想される被ばくと、通常は発生が予想されないが、万が一の管理の失敗などによる潜在被ばくを生じることも含む。線源に注目した事前に計画的な管理が可能になる状況である。線量限度を適用する被ばく状況である。 ● 緊急時被ばく状況とは,放射線利用を計画し運用している段階で、事故や悪意ある行為から定常では起きない被ばくが現実に発生し、緊急の対策をとる必要が生じる状況である。事故は線源の管理に失敗した状況であり、被ばくの経路に注目して防護措置を緊急にとる必要が生じる状況である。線量限度を適用せず、参考レベルを用いた最適化によって被ばくを合理的に低減する。 ● 現存被ばく状況とは,放射線防護のための措置や管理を決定しなければならない時に、すでに線源となる放射線・放射性物質が存在するために、線源を制御することが困難であるため、被ばくの経路に注目して防護措置をとることで放射線防護が可能になる状況である。人為的な操作が行われていない自然放射線・放射性物質で、緊急時被ばく状況の後の長期の被ばく状況にも当てはまる。線量限度を適用せず、参考レベルを用いた最適化によって被ばくを合理的に低減する。 計画被ばく状況は行為、緊急時被ばく状況及び現存被ばく状況は介入と関係しているが、行為は全ての被ばく状況の起源になりうる。職業被ばくと公衆被ばくのカテゴリーはすべての被ばく状況に適用できる。医療被ばくは計画被ばく状況に該当するといえるが、被ばくの性質上,医療被ばくは別に議論される。 ICRP2007年勧告後、現存被ばく状況の適用例として、航空機乗務員の宇宙線被ばく、ラドン・子孫核種からの被ばく、産業プロセスのNORMからの被ばく、事故あるいはテロ行為による緊急時被ばく状況後の長期被ばくに関するPublicationが刊行されている。 航空機乗務員の宇宙線被ばく(Pub.132)の現存被ばく状況では、航空機乗務員を職業被ばくとして扱い、線量限度ではなく、典型的には 1 年あたり 5 - 10 mSv の範囲から参考レベルを設け、被ばくを合理的に達成可能な限り低く保つようにICRPは勧告している。 ラドン・子孫核種からの被ばく(Pub.126)は、現存被ばく状況の特徴をもっているが、放射線防護上の扱いは複雑な要素があり、他の現存被ばく状況とは異なる。そのため、国の規制当局によってはウラン鉱山などを計画被ばく状況とみなす場合があることをICRPは認めている。現存被ばく状況では、参考レベルの選定にはおよそ10mSvを目安とすることが勧告されている。 産業プロセスのNORMからの被ばく(Pub.142)は、遍く存在する自然放射性物質からの被ばくの中でも、NORMが運搬され利用されている産業部門を対象としており、鉱業、金属抽出、水処理、リン酸塩、肥料、エネルギー(石炭、石油、ガスなど)が含まれる。日常的に遭遇するNORMの濃度が低いことを考えると、放射線被ばくレベルが比較的低く、規制当局と産業界には「グレード別アプローチ」が勧告されている。多くの場合、NORMが関与する産業においては、産業処理される原材料中にNORMが存在しても意図的に添加されたものではないため、作業者の被ばくは不確実なものであり、作業者が職業的に被ばくしているとは考えられないことが多い。放射線に職業的に被ばくしているとみなされない場合は、通常、一般の人と同じように扱われる。したがって、作業者の防護では、参考レベルの選択及び合理的な防護措置の選択及び実施において、段階的なアプローチが勧告されている。線量レベルが高い場合や、放射線防護を目的とした特別な作業手順の適用が必要な場合には、職業被ばくが適用される。作業者の放射線防護のための参考レベル(ラドンとトリウムへの被ばくを除く)は、被ばくの分布を反映したものでなければならない。まれに、年間実効線量10mSvを超える値が必要となることもあるが、大多数の場合、年間実効線量は数 mSv 未満である。公衆の放射線防護のための参考レベルは、被ばく量の分布を反映したものでなければならず、一般的には年間実効線量が数mSv以下の値となる。 原子力事故後の復旧の長期的な被ばくは現存被ばく状況として扱う(Pub.146)。このような現在被ばく状況では、上記で述べた自然放射線・放射性物質とは倫理的に異なった側面がある。そのため、最適化のための参考レベルは、集団における実際の線量分布や被ばく状況に影響を与える社会的、環境的および経済的要因を考慮して、年間 1 - 20mSv という現存被ばく状況について勧告されているバンドの下半分の範囲で選択されるべきである。防護の最適化の目標は、バンドの下端に向かって、可能であればそれ以下のレベルまで被ばくを徐々に減少させることである。 以上のように、現存被ばく状況は、計画的被ばく状況と緊急時被ばく状況とは線源の性質や社会的な影響の規模によって、放射線防護で考慮される異なった要素が存在する。計画被ばく状況を基本に構築された放射線防護の原則や枠組みが現存被ばく状況では異なる側面に適応するために、最適化において新しい参考レベルを用い、グレード別アプローチの必要性が強調されている。 |
キーワード | ICRP、緊急被ばく状況、現存被ばく状況、計画被ばく状況 |
図表 | |
参考文献 | ICRP, ラドン被ばくに対する放射線防護, Publication 126(2021) https://www.icrp.org/docs/P126_Japanese.pdf ICRP, 航空飛行時の宇宙放射線からの防護, Publication 132 (2019) https://www.icrp.org/docs/ICRP132_Japanese.pdf ICRP, Radiological Protection from Naturally Occurring Radioactive Material (NORM) in Industrial Processes, Publication 142 (2019) https://www.icrp.org/publication.asp?id=ICRP%20Publication%20142 ICRP, 大規模原子力事故における人と環境の放射線防護 — ICRP Publication 109 と 111 の改訂 —, Publication 146(2022) https://www.icrp.org/docs/P146_Japanese_Final.pdf |
参照サイト | ICRP, 国際放射線防護委員会の2007年勧告, Publication 103(2009) https://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf |
作成日 | 2020年12月 |
更新日 |
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