提供: SIRABE
大分野 | 影響(生体応答・生物影響・健康影響を含む) |
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中分野 | 細胞・組織・個体レベルの影響 |
タイトル | 細胞周期チェックポイント |
説明 | 細胞周期チェックポイントとは、細胞周期が正しく進行しているか監視し、異常があった場合、その進行を一時停止したり、抑制したりする機構である。細胞周期チェックポイント機構の存在は、HartwellとWeinert[1988]が酵母を用いた研究で初めて示した。ヒト細胞においては、放射線高感受性遺伝病である毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia telangiectasia)患者細胞での放射線抵抗性DNA合成現象が1980年代初頭に報告されている[Painter RBと Young BR., 1980]。 細胞周期チェックポイントには、G1/Sチェックポイント、S期チェックポイント、G2/Mチェックポイント、M期チェックポイント(スピンドルチェックポイント)がある(図1)。G1/Sチェックポイントでは、複製を開始するにあたってDNA損傷がないか、DNA複製に必要な材料が十分に存在するかなどがチェックされる。S期チェックポイントでは、DNA複製が正しく進行しているか、障害がないかなどがチェックされる。G2/M期チェックポイントでは、M期に入るにあたり、DNA複製は完了しているか、DNA損傷がないかなどがチェックされる。M期チェックポイントでは、一対の染色分体が1本ずつ両極に向かう紡錘糸に正しく結合しているかがチェックされる。放射線照射後に顕著に見られるのはDNA損傷を監視するG1/Sチェックポイント、S期チェックポイント、G2/Mチェックポイントの3つのチェックポイントである。DNA損傷に対する細胞周期チェックポイントは、損傷を持ったDNAが複製や分配されることによる細胞死やがん化を抑え、生殖細胞においては遺伝性影響を防ぐ役割があると考えられる(図2)。細胞周期チェックポイントに異常を示す遺伝病の患者は高発がん性を呈する。 DNA損傷に対する細胞周期チェックポイントにおいては、以下のタンパク質が中心的な役割を担う(図3)[Lanz MC, et al. 2019]。 (1) ATM、ATR:ATM(Ataxia-telangiectasia mutated)は毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子から作られるタンパク質である。ATR(ATM- and Rad3-related)はATMと構造上類似性を有するタンパク質として発見された。ATMは主にDNA二本鎖切断の認識に関わり、ATRは主に一本鎖DNAの認識に関わる。ATM、ATRはいずれもタンパク質リン酸化酵素であり、後述のp53を含め、DNA損傷に応答して少なくとも約1,000種のタンパク質をリン酸化することが示されている。 (2) p53:最もよく知られるがん抑制遺伝子TP53から作られるタンパク質である。さまざまながんの半分以上で、TP53に何らかの機能異常や欠損を有することが知られる。p53はDNA上の特定の塩基配列に結合し、近傍の遺伝子の転写を促す転写因子である。p53によって転写を促される遺伝子には、p21などのように細胞周期進行を抑制するものや、Baxなどのようにアポトーシスを誘導するものが多いことから、p53は転写を介して細胞周期チェックポイントやアポトーシスの制御に関わる重要な因子と考えられる。p53は通常の状態では合成後、速やかにプロテアソームで分解されているが、DNA損傷を受けるとATM、ATRによるリン酸化を受けて分解を免れ、存在量が増加し、活性化する。 (3) チェックポイント・キナーゼChk1、Chk2:Chk1、Chk2はそれぞれATR、ATMによってリン酸化され、活性化するタンパク質リン酸化酵素である。これらは、p53をリン酸化することで活性化したり、Cdc25をリン酸化することで阻害したりする。 (4) サイクリン依存性キナーゼ:細胞周期によって量が劇的に変動するサイクリンタンパク質とリン酸化触媒機能をもつCDKタンパク質の複合体で、細胞周期を進めるエンジンの役割を担う。ヒトにはサイクリンやCDKがそれぞれ数種類存在し、細胞周期の時期ごとに異なる種類のタンパク質が発現し、その進行を制御する。たとえば、G1期からS期への移行はcyclin E/cdk2複合体が制御し、G2期からM期への移行はcyclin B/cdk1複合体が制御する。さらに、CDKの活性はタンパク質リン酸かによって正、負両方の制御を受ける。CDKのN末端領域のチロシンがタンパク質リン酸化酵素Wee1によるリン酸化を受けることで抑制を受け、活性化のためにはタンパク質脱リン酸化酵素Cdc25による脱リン酸化を必要とする。一方で、MO15によって中央部に位置するスレオニンがリン酸化を受けることが活性化に必要である。細胞周期の進行に支障があるときに、細胞周期チェックポイント機構によって、それぞれの時期を進行させるサイクリン依存性キナーゼの活性が阻害される。一例として、p53の制御を受ける遺伝子の産物の一つであるp21はcyclin E/cdk2を阻害する。また、Cdc25がリン酸化により阻害されることで、CDKの活性化が抑制される。 |
キーワード | DNA損傷 ATM p53 チェックポイントキナーゼ サイクリン依存性キナーゼ |
図表 | 図1:細胞周期と細胞周期チェックポイント 図2:細胞チェックポイントの役割 図3:DNA損傷に対する細胞周期チェックポイントにおいて、中心的な役割を担うタンパク質 |
参考文献 | ・Weinert TA, Hartwell LH. The RAD9 gene controls the cell cycle response to DNA damage in Saccharomyces cerevisiae. Science 241, 317-322 (1988). ・Painter RB, Young BR. Radiosensitivity in ataxia-telangiectasia: a new explanation. Proceedings of National Academy of Science The United States of America 77, 7315-7317 (1980). ・Lanz MC, Dibitetto D, Smolka MB. DNA damage kinase signaling: checkpoint and repair at 30 years. EMBO Journal 38: e101801(2019) https://www.embopress.org/doi/full/10.15252/embj.2019101801 |
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作成日 | 2020年12月 |
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