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大分野 | 重要論文の解説 |
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中分野 | 低線量被ばく |
タイトル | 整形外科医の超局所慢性被曝による染色体異常 |
日本語タイトル | 整形外科医の超局所慢性被曝による染色体異常 |
著者 | 三浦富智 |
文献情報 | 臨床整形外科 55(2), 109 - 113 (2020) |
説明 | 放射線は医療における検査や治療にも用いられている。医療における被ばくは、医療行為において患者が被ばくする「医療被ばく」と、医師等の医療従事者が被ばくする「職業被ばく」に大別される。医師等の医療従事者は、放射線業務従事者として電離放射線障害防止規則により被ばく線量の管理が義務付けられており、放射線業務従事者の被ばく限度が定められている。しかし、実際の医療現場では、被ばく線量の管理が徹底できない状況がある。また、繊細な操作を伴う腰部神経根ブロック手術等では、鉛グローブを着用した場合、針から伝わる感触を確認しにくいことから、使用を避ける医師もいる。ここでは、X線透視検査および手術に携わる整形外科医における染色体異常解析を例とし、医療現場における職業被ばくの染色体異常解析を紹介する。 腰部神経根ブロック手術において、整形外科医はX線透視下で針を刺して原因となる神経に直接麻酔薬およびステロイド剤を注入する。この過程で、X線照射野に手を入れることは禁止されているが、針の挿入部を確認するため、X線照射中の照射野に針を保持している手を入れて作業することがあり、針を保持する利き手の手指が被ばくすることがある。X線透視検査および手術に携わる医師で、利き手の爪甲に淡褐色ないし黒色の色素線条が認められ(図1)、さらに、整形外科医の中には、有棘細胞癌やボーエン病(表皮内有棘細胞癌)などの有害事象が報告されている。これらの有害事象はX線透視手術等の局所的な放射線被ばくに起因すると考えられる。 手指の局所被ばく線量を管理するためには、リング線量計の装着が必要となる。しかし、以前はリング線量計の普及率は低く、実際に研究に協力した医師の多くはリング線量計を装着しておらず、局所の被ばく線量は不明であった。そこで、三浦ら[2019, 2020]は、長年X線透視検査および手術に従事し,皮膚障害を発症している医師の被ばく実態の解明を目的として、末梢血リンパ球における染色体異常解析を行った。放射線被ばくにより、二動原体染色体や環状染色体などの生物学的半減期が短い不安定型染色体異常(図2)や、染色体転座などの生物学的半減期が長い安定型染色体異常が誘導される。これらの染色体異常頻度は、被ばく線量と正の相関を示す。末梢血リンパ球における染色体異常頻度をもとに被ばく線量を推定する生物学的線量評価が国際的に用いられている。特に、2つのセントロメアを有する二動原体染色体は、自然発生頻度が低く、放射線被ばくに特異性が高いことから、生物学的線量評価におけるゴールドスタンダードとして用いられている。 X線透視検査および手術に携わる整形外科医より採取した末梢血単核球画分(主にリンパ球と単球を含む)を培養し,二動原体染色体,環状染色体,染色体断片などの不安定型染色体異常を解析した結果、多くの整形外科医において二動原体染色体および環状染色体が認められた。研究に協力した整形外科医18名における二動原体染色体の頻度は、0.72 - 7.48個/1000細胞で、13名の医師で二動原体染色体の頻度が自然発生頻度を上回り,全身被ばく線量は0 - 130mGyと推定された。ここで推定される被ばく線量は急性全身被ばくを想定した線量反応曲線より導かれた結果である。整形外科医はX線照射野における手指の直接X線被ばくに加え、反射X線の被ばくを含んだ被ばく線量となるが、鉛エプロンを装着していることを考慮すると、局所的な直接X線被ばくにより染色体異常が高頻度に誘導されたと考えられる。したがって、手指局所では、推定線量をはるかに上回る線量のX線を被ばくしたと推測される。この推測は、比較的高線量で認められる環状染色体が12名で検出されたことからも支持される。 さらに、生物学的半減期が長い染色体転座を蛍光インサイチューハイブリダイゼーション(FISH)法により解析した結果、年齢補正後の転座頻度は自然発生頻度と比較してほぼ全ての医師において高かった。整形外科医の転座頻度の分布にはピークが認められ、45歳前後および経験が17 - 20年の医師において転座頻度が増加していた。 一部の医師では、約2年後に再解析が行われ、放射線防護対策および放射線業務を軽減した結果、二動原体染色体頻度が減少した。さらに、X線透視下での検査や手術の際、被ばく防護を徹底してきた医師において二動原体染色体頻度および転座頻度が低いことに注目する必要がある。これらの事例は、放射線防護が被ばく線量を軽減することができる事例としてとらえることができる。 X線透視は、1回の被ばく線量は低線量であるが、照射野の線量率は高く、さらに1日に複数回のX線透視下手術を行う整形外科医においては、長期間にわたり被ばくしている。今回紹介したX線透視下検査および手術に従事した整形外科医の事例のように、医療における職業被ばくにより末梢血リンパ球における染色体異常が増加するとともに、有害事象が発生している実態がある。放射線や放射性同位体を用いる医療行為における医療スタッフの放射線防護、線量管理、被ばく線量の低減を徹底する必要がある。さらに、X線透視検査および手術に携わる整形外科医の事例のように、直接放射線の微ばく部位が限局した局所被ばくであることに加え、長期被ばくという被ばく形態の困難さはあるが、線量評価健康被害を未然に防止するための健康モニタリングとして染色体異常解析は有用であろう。 |
キーワード | 職業被ばく |
図表 | 図1.利き手の爪甲に黒色の色素線条が認められた整形外科医の事例 図2.放射線被ばくにより誘導される不安定型染色体異常を持つ分裂中期像 |
参考文献 | 三浦富智ら. 超局所慢性被曝を受けた整形外科医の末梢血リンパ球における染色体異常解析. 日本整形外科学会雑誌, 93(10), 774 - 77 (2019) |
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更新日 | 2020年12月 |
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