提供: SIRABE
大分野 | 影響(生体応答・生物影響・健康影響を含む) |
---|---|
中分野 | 細胞・組織・個体レベルの影響 |
タイトル | 亜致死損傷回復 |
説明 | 亜致死損傷とは、「複数が蓄積しなければ死に至らない損傷」を示す古典的な概念である。分割照射を行うことにより、照射の間に亜致死損傷が修復されて生存率が上昇する現象を亜致死損傷回復と呼び、発見者にちなんでエルカインド回復(Elkind recovery)とも呼ばれる。 亜致死損傷回復を発見したのは、ElkindとSutton [1959]であるが、その意味を理解するためには、放射線量と細胞(特に、哺乳動物細胞)の生存率の関係を知る必要がある。放射線量と細胞生存率の関係を表す曲線を生存率曲線という。生存率曲線を描く際、横軸に放射線量を線形目盛で、縦軸に生存率を対数目盛で取ることが多い。この方法で細菌やファージなどの生存率曲線を描くとほぼ直線となる。つまり、細菌やファージは1個の標的を持ち、その標的に放射線の粒子または光子が1つ当たると致死となるというモデル(1標的1ヒットモデル)で生存率曲線が説明できる。その後、PuckとMarcus[1956]は、哺乳動物細胞として初めてヒト子宮頸癌由来HeLa細胞の生存率曲線を報告したが、HeLa細胞の生存率曲線は、高い線量域ではほぼ直線である一方、低い線量域では上に凸の右肩を持つ曲線となった。このことから、HeLa細胞の生存率曲線は、1個の標的に2個の光子が当たると致死となるというモデル(1標的2ヒットモデル)に適合する。今日に至るまで多くの哺乳動物細胞の生存率曲線が描かれており、DNA修復機能欠損細胞などを除けば、基本的に上に凸の右肩を持った曲線となる。なお、致死となるのに想定されるヒットの数は細胞によって異なる。 放射線照射されて生き残った細胞も無傷ではなく、線量に応じて損傷を負っている(ヒットを受けている)はずである。従って、「もし損傷がそのままであれば」、次に放射線照射された時に致死になるまでのヒットの数は照射を受けていないときより減っているはずではないか、すなわち、放射線照射して生き残った細胞は照射を受けていない細胞より放射線感受性が高くなるのではないか、と考えることができる。そこで、ElkindとSutton[1959]はハムスター細胞に約5 GyのX線を照射し、18時間後にさまざまな線量のX線を照射して生存率を調べた(図1)。 その結果、2回目の照射による生存率の低下は直線的でなく、1回目の照射のときと同様、上に凸の右肩を持った曲線となった。また、約10 Gyを一度に照射した場合と、約5 Gyずつを2回に分けてさまざまな時間間隔(0 - 40時間)で照射した場合の生存率を比べると、時間間隔が拡がるとともに生存率が上昇し、数時間の間隔を空けると約5 Gyの生存率のほぼ2乗の値となった。この結果が意味するところは、1回目の照射で生き残った細胞では、数時間経てば1回目の照射によるヒットがほぼ消えているということである。つまり、1回目の照射で受けた「亜致死損傷」が、2回目の照射までの間に「回復」したと考えられる。 分割照射でなくても、照射中に亜致死損傷の回復が起こる。亜致死損傷の一部は30分から1時間で回復するため、数分程度の照射時間の場合は、回復があったとしても検出できない程度にとどまるが、照射時間が数時間以上におよぶと、初期に受けた亜致死損傷が照射中に逐次回復する。実際、線量率を下げると同じ線量における生存率の上昇が観察され、これが線量率効果と呼ばれる現象である。 亜致死損傷回復が発見されたのは、DNAの二重らせん構造が解明されたわずか数年後であったことから、亜致死損傷およびその回復の実体は長らく不明であった。放射線の細胞致死作用の主因がDNA二本鎖切断であることが明らかとなり、1990年代にはDNA二本鎖切断修復の分子機構が明らかになった。真核細胞においては、DNA二本鎖切断は主として相同組換えと非相同末端結合の2つの機構で修復される。Utsumiら[2001]は、ニワトリリンパ球DT40細胞由来の遺伝子ノックアウト細胞を用いた実験により、相同組換えに関わる遺伝子を欠損する細胞では亜致死損傷回復が見られないこと、すなわち、亜致死損傷回復が主に相同組換えに依存することを示した。一方、Liuら[2015]のヒト、マウス、ハムスターの細胞を用いた実験では、非相同末端結合に関わる遺伝子を欠損する細胞で亜致死損傷が見られない、つまり亜致死損傷回復が主に非相同末端結合によって行われることを示した。ニワトリDT40細胞は、哺乳動物細胞と比べ、相同組換え能が高い、増殖が速いなどの特徴があることを考えると、生物種や細胞種によって、亜致死損傷回復に関わるDNA二本鎖切断修復機構の選択性に違いがある可能性が考えられる。 亜致死損傷回復は、がん治療において正常組織のダメージを抑えるために分割照射が行われる生物学的根拠となっている。 |
キーワード | エルカインド回復 標的モデル DNA二本鎖切断修復 分割照射 |
図表 | 図1 ハムスター細胞に約5 GyのX線を照射し、18時間後にさまざまなX線を照射した場合の生存率 |
参考文献 | ・Puck TT, Marcus PI. Action of X-rays on mammalian cells. Journal of Experimental Medicine 103, 653-656 (1956). ・Elkind MM, Sutton H. X-ray damage and recovery in mammalian cells in culture. Nature 184, 1293-1295 (1959). ・Utsumi H, Tano K, Takata M, Takeda S, Elkind MM. Requirement for repair of DNA double-strand breaks by homologous recombination in split-dose recovery. Radiation Research 155, 680-686 (2001). ・Liu M, Lee S, Liu B, Wang H, Dong L, Wang Y. Ku-dependent non-homologous end-joining as the major pathway contributes to sublethal damage repair in mammalian cells. International Journal of Radiation Biology 91, 867-871 (2015). ・放射線医科学の事典.朝倉書店 [2019] |
参照サイト | |
作成日 | 2020年12月 |
更新日 |
カテゴリ: