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大分野 影響
中分野
タイトル DNA二本鎖切断の修復
説明 放射線のさまざまな生体への作用は、主にDNA損傷によってもたらされると考えられている。さまざまなDNA損傷の中でもDNA二本鎖切断(DNA二重鎖切断ともいう、以下DSB)は最も重篤な損傷と考えられている。ヒト細胞にX線やγ線を照射すると1Gyあたり約40個のDSBが生じると推定されている[UNSCEAR 2000]。ヒトを含む真核生物において、DSBは主として相同組換え修復非相同末端結合によって修復される。

1.相同組換え修復と非相同末端結合
 相同組換え修復によるDNA二本鎖切断(DSB)修復は、DSB部位周辺と相同あるいは同一の配列を鋳型とした合成によって行われる。一方、非相同末端結合(NHEJ)は空間的に最も近接するDNA末端同士を連結する反応である。非相同末端結合には典型的なC-NHEJ(classicalまたはcanonical NHEJ)と代替的なA-NHEJ(alternativeまたはatypical NHEJ)がある。
 相同組換え修復は高精度な修復経路であると考えられている一方、非相同末端結合では結合部位における塩基の欠失や挿入、さらには偶然に空間的に近接する他の配列との結合などの誤りが起こる可能性が考えられる。また、C-NHEJに比べて、A-NHEJの方が誤りを起こしやすいと考えられている。しかし、ヒトなどのゲノムDNAの中でタンパク質をコードする領域はごく一部であり、それ以外の領域においては少数の塩基の欠失や挿入は許容されているとも考えられる。
 相同組換え修復は、塩基レベルで正確に復元可能であるが、鋳型となる同一もしくは相同な配列、すなわちDNA複製で得られる姉妹染色分体、もしくは相同染色体が必要となる。ただし、ヒトを含む高等動物細胞では、相同染色体はほとんど鋳型として機能しないため、相同組換え修復は姉妹染色分体が存在する細胞周期のS期後半からG2期に限定される注1)。これに対して非相同末端結合による修復は細胞周期全体を通じて可能である。なお、S期やG2期におけるDSB修復の際に修復経路を選択する機構については諸説があるが、まだわかっていない部分も多い。
 細胞の放射線感受性は細胞周期によって変化し、S期の後半からG2期にかけて抵抗性になることが知られている(放射線感受性の細胞周期依存性)。これは、S期後半からG2期には精度が高い相同組換え修復が可能となるためと考えられている。

2.相同組換え修復の機構
 相同組換え修復の機構を図1に示す。まず、相同な配列の探索のために、DSBの位置から一方の鎖が分解され、3’側が飛び出した一本鎖DNA部分が形成される。これをリセクション(resection)といい、DNA分解酵素であるCtIP、Mre11-Rad50-Nbs1複合体(MRN複合体)、エキソヌクレアーゼI(ExoI)複合体などが関わる。まず、Mre11のエンドヌクレアーゼ活性により、二本鎖のうち一本(5’端を持つ鎖)に切断が入る[ 図1(1)]。続いてMre11のエキソヌクレアーゼ活性により、切断導入部からDS説明にBの方向に逆戻りする形で(3’-5’方向に)分解が起こる[ 図1(2)]。一方、切断導入部から5’-3’方向に向かってエキソヌクレアーゼI(ExoI)によるDNA鎖の分解が起こる[ 図1(2)]。以上により、3’-末端が突出した一本鎖DNA部分ができる[ 図1(3)]。この一本鎖DNA部分にRPA (複製タンパク質 A)が結合して安定化し [ 図1(4)]、その後RPAがRad51に置き換えられて一本鎖DNA上にRad51が整列したフィラメントが形成される[ 図1(5)]。Rad51は一本鎖DNAと相同な二本鎖DNAの探索と鎖交換を触媒し[ 図1(6)]、続いて、この相同なDNA鎖を鋳型としてDNA複製タンパク質によるDNA合成が行われる。その後、合成された鎖が鋳型鎖から離れ、DSBの反対側の一本鎖と対合した後にギャップ(隙間)部分が補完されて修復が完了する(図2)。ホリデー構造は二重らせんの巻き戻しによって前後に移動可能であり、また、ホリデー構造の両側で回転する(ねじる)ことが可能である。2つのホリデー構造が近づいていくと解消される。この反応はBLMとトポイソメラーゼIIIαによって行われる。また、ホリデー構造は4本のうち2本の鎖を切断することによって解離される。

3.非相同末端結合(NHEJ)の機構
 図3にC-NHEJの分子機構を示す。まず、DSB末端付近にKuタンパク質(Ku70とKu80)二量体が結合する(1)。次に、Ku二量体を介してDNA依存性プロテインキナーゼ触媒サブユニット(DNA-PKcs)がDSBに結合して活性化する(2)。活性化したDNA-PKcsは、自身および他の修復酵素群をリン酸化する。DNA末端の形状により直ちに結合できない場合には、Artemisヌクレアーゼなどが末端の整形を行う(3)。この末端整形をプロセシングという。その後、DNAリガーゼIVが最終的にDSB同士を結合して反応が完結する(4)。この時にXRCC4とXLF(別名Cernunnos)がDNAリガーゼIVの機能を調節する。
 C-NHEJは免疫系組織における免疫グロブリン(抗体)、T細胞受容体の多様性を生み出す「V(D)J組換え」の機構でもある。したがって、C-NHEJ機構を欠損するヒトの遺伝病患者や遺伝子改変マウスなどでは、放射線高感受性に加え、免疫不全が見られることが多い。
 A-NHEJの分子機構はC-NHEJに比べて不明な部分が多いが、反応機構の一つとして、CtIP、MRN複合体によるDNA鎖の分解やDNAポリメラーゼ・(シータ)による鋳型鎖に依存しないDNA合成によって一本鎖DNA部分が形成され、次に、この一本鎖DNAに存在する短い相同性を持つ配列同士が対合し、DNAポリメラーゼによるDNA鎖の伸長が行われ、最終的にXRCC1/DNAリガーゼIII複合体による鎖結合が行われるというモデルがある。

注1)G1期ではRad51の発現が抑えられ、かつ相同組換えのきっかけになるリセクションを抑制するタンパク質が複数あるため、相同組み換え修復が抑制されていると考えられている。
キーワード 相同組換え、非相同末端結合、細胞周期
図表 図1
図2
図3
参考文献 United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation: UNSCEAR 2000 Report to the General Assembly, with Scientific Annexes Volume II: Effects. p.4.
・「放射線医科学」、大西武雄監修、医療科学社、東京 (2016)
参照サイト
作成日
更新日 2020/03/25