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大分野 | 重要論文の解説 |
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タイトル | Japanese population dose from natural radiation |
日本語タイトル | 「Japanese population dose from natural radiation(国民線量:日本人の自然起源被ばく線源による被ばく量)」の解説 |
著者 | Omori Y. et al |
文献情報 | J. Radiol. Prot. 40, R99-R140 (2020) |
説明 | 本論文(Omori Y. et al., 2020)は、日本人が日常の生活で受ける被ばくの量、すなわち国民線量を評価した。放射線による過剰な被ばくは健康上のリスク要因となる。日常生活における我々の被ばくを定量することは重要であり、例えば原子力災害による影響を評価する際に用いられる。地上には、様々な種類の放射線や放射性物質が存在する。宇宙からは宇宙線が降り注ぎ、水や大気、土壌には放射性物質が含まれている。これらの放射性物質の大部分は地球が誕生した時に既に存在する自然起源のものであり、大気圏核実験や原子力事故等で環境中に放出された人為起源の放射性物質とは区別して呼ばれる。本論文では、宇宙線と自然起源の放射性物質に焦点を絞り、日本国内の様々な研究機関等が実施した調査結果を基に国民線量を評価した。自然起源放射性物質による被ばくでは、主として被ばくに寄与する空間中のγ線、空気中に含まれるラドン・トロン、および農水産物や食品中に含まれる放射性物質に着目した。 宇宙から降り注ぐ宇宙線の強さは、日本列島全体で一定の値を示すわけではなく、地域によって異なる。標高が高い地域や高緯度の地域は、宇宙線が高い傾向を示す。例えば、屋外において長野県や北海道で高く、沖縄県で低い。また、宇宙線は建物を容易に透過し、屋内でも観測される。木造建物では屋外とほぼ同じ宇宙線の強さを示すが、鉄筋コンクリート造りの建物では屋外と比べて屋内の宇宙線の強さは10%程度低くなる。宇宙線に起因する被ばくは、コンピュータ・シミュレーションによって計算された。計算された値は、宇宙線の実測値と比較することで検証されている。コンピュータ・シミュレーションの結果、被ばく線量は年間0.24 mSvから0.97 mSvとなった。本論文では、宇宙線に対する遮蔽効果を有さない木造家屋等が日本の建物の大半を占めることから、木造建物に居住した場合の平均値を宇宙線による被ばくの代表値とみなし、0.29 mSvと評価した。なお、航空機を利用した移動に伴う宇宙線による被ばくについては、利用者に偏りがあり全ての国民が該当するわけではないと考えられることから、本論文では国民線量の評価に含まれていない(注1)。 土壌や岩石は、ウラン(238U)、トリウム(232Th)、及びそれらの壊変で生じた放射性物質、並びにカリウム(40K)を含む。さらに、土壌や岩石から作られる建材(例えば、レンガやコンクリート)も放射線物質を含む。これらの放射性物質のいくつかはγ線と呼ばれる透過力が高い放射線を放出し、結果として屋内外の空間中にγ線が存在する。これを測定した値は、しばしば空間線量率や空間放射線量と呼ばれる。全国調査の結果に基づくと、土壌から発せられるγ線の空間線量率は西日本で高く岐阜県で80 nGy/h、東日本で低く神奈川県で19 nGy/hという、特徴的な西高東低の分布を示した。これは、自然起源の放射性物質を豊富に含む花崗岩が西日本に広く分布しているためである。他方、屋内におけるγ線は、屋外のそれと比べてデータが乏しい。しかし、500軒を越えるデータをまとめると、屋内と屋外の空間線量率はほぼ同等の値を示した。以上の結果に基づき、本論文では空間中のγ線による被ばくの平均的な値を年間0.33 mSvと評価した。 屋内外の空気は、放射線を発する気体のラドン及びトロン、並びにそれらの壊変で生じた固体の放射性物質を含む。ラドン及びトロンはそれぞれウラン及びトリウムの壊変で生まれ、これらを呼吸により体内に吸い込むことで被ばくが生じる。ラドン等による被ばくは肺で選択的に生じるため、肺がんのリスク要因となる。このため、欧米の国々を中心にラドンに対して規制値や、防護対策等を行う目安となる参考レベルが導入されており、それらの値は100 Bq/m3から300 Bq/m3の範囲で定められている(注2)。日本のラドンの状況について、全国調査により一般家屋の屋内ラドン濃度の平均値は16 Bq/m3と評価されたが、測定値は3 Bq/m3から200 Bq/m3まで広範に及んだ。木造や軽量鉄骨造りの建物では比較的低く、コンクリート造りの建物では濃度が高い傾向であった。屋内のラドン濃度が広範囲に及ぶことは事務所や工場等の職場環境にも当てはまり、それらの値は1 Bq/m3から180 Bq/m3であった(平均値は21 Bq/m3)。他方、屋外のラドン濃度は、年間平均の最小値が沖縄県で3 Bq/m3、最大値が広島県で14 Bq/m3、都道府県全体の平均値が6 Bq/m3であった。以上の結果に基づき、本論文ではラドンによる被ばくの平均的な値を年間0.50 mSvと評価した。また、トロンによる被ばくについて、日本では国民線量を算出することができるほどの調査はなされていない。したがって、世界の平均的な被ばく線量(年間0.09 mSv)を採用し、ラドンと合わせて年間0.59 mSvと評価した。 農水産物や食品に含まれる主要な放射性物質は、カリウム及びポロニウム(210Po)である。ポロニウムは、ウランの壊変により生じる自然起源の放射性物質である。これらに関して、農水産物や食品をスーパーマーケット等で購入し、それらを穀類、イモ類、魚介類など十数種類の食品群に区分した後、それぞれの食品群に含まれる濃度が定量された。さらに、定量された濃度にそれぞれの食品群の年間摂取量を乗じることにより、それぞれの放射性物質の年間摂取量を算出した。カリウム及びポロニウムの年間摂取量に基づく農水産物や食品の摂取による被ばくは、それぞれ0.18 mSv及び0.73 mSvと評価された。また、被ばくへの寄与がカリウムやポロニウムと比べて小さいが、ウランの壊変により生じるラジウム(226Ra)と鉛(210Pb)、宇宙線が大気へ降り注ぐことによって生まれる炭素(14C)とトリチウム(3H)が存在する。これらの放射性物質の摂取による被ばくは、0.08 mSvと評価されている。これらより、農水産物や食品の摂取による年間の平均的な被ばく線量は、0.99 mSvと評価された。 国内で実施された調査結果に基づき、本論文では日本人の国民線量を2.2 mSvとした。この値は、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が評価した世界平均(2.4 mSv)[UNSCEAR, 2008]と比較してほぼ同じ値であった(表)。しかし、ラドン・トロンの吸入摂取や農水産物・食品の経口摂取による被ばくでは、日本平均と世界平均では大きく異なる。ラドン・トロンについて、日本では風通しの良い木造家屋の割合が高く、ラドン・トロンが屋内に溜りづらいため、被ばく線量が世界と比べて低い傾向を示す。農水産物・食品による被ばくの違いは、主に食習慣による。日本人は魚介類を多く摂取する傾向にあり、魚介類の摂取による被ばくが世界と比べて大きい。 注1 国際線の航路ごとの利用者数、国内線の利用者数、航路上での宇宙線の強さ等を考慮し、一人当たりの被ばく線量は国際線で54 μSv、国内線で2 μSvと評価された。 注2 日本では、ラドンに対する規制値や参考レベルは定められていない(2022年12月時点)。 |
キーワード | 国民線量 内部被ばく 外部被ばく |
図表 | 表 天然の放射線源に起因する公衆の被ばく線量 |
参考文献 | Omori Y. et al., Japanese population dose from natural radiation. J. Radiol. Prot. 40, R99-R140 (2020) https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6498/ab73b1 UNSCEAR, UNSCEAR 2008 Report to the General Assembly with Scientific Annexes vol I , (2010) https://www.unscear.org/unscear/en/publications/2008_1.html |
参照サイト | |
更新日 | 2022年12月 |
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