提供: SIRABE
大分野 | 影響(生体応答・生物影響・健康影響を含む) |
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中分野 | 細胞・組織・個体レベルの影響 |
タイトル | 前駆症状 |
説明 | 1.前駆症状 致死線量から亜致死線量にかけての全身被ばくによる急性放射線症候群では、臨床病期は、(1)前駆期、(2)潜伏期、(3)発症期、(4)回復期/死亡の4つの時期に分けられる。前駆期は被ばく後概ね48時間以内の時期をいう。前駆期に認められる症状は前駆症状と呼ばれ、線量依存的に様々な症状が認められる。一般に、線量が高いほど被ばく後早期に症状が認められ、症状は重篤となる。主な前駆症状は、大きく分けて神経血管症候群、造血症候群、皮膚症候群、胃腸症候群に分けられる[Fledner et al, 2001]。 2.神経血管症候群(Neurovascular syndrome) 神経血管症候群の症状として、嘔気(吐き気)、食欲不振、嘔吐、倦怠感、発熱、血圧低下、頭痛、神経障害、認知障害、意識消失などが挙げられる。具体的な被ばく線量と上記の臨床症状との関係を表1に示した。 嘔吐は、1-2 Gyの被ばくにより2時間後に10-50%の頻度で生じ、4Gyを超えるとほぼ全員が1時間以内に嘔吐する。線量が多くなるのに従って発症までの時間が短くなり、8 Gyを超えると10分以内で生じる(表1)。頭痛は、4 - 6 Gyの被ばくにより4 - 24時間後に中等度の頭痛が50%の頻度で生じ、8 Gyを超えると1 - 2時間後に重度の頭痛が80-90%の頻度で生じる(表1)。 意識消失は、6-8 Gyの被ばくでも生じる可能性があり、50 Gyを超える被ばくで数秒から数分後に、数秒から数分の間続く意識消失がほぼ全員に生じる(表1)。発熱は、2-4 Gyの被ばくにより1-3時間後に10-80%の頻度で生じ、6 Gyを超える被ばくにより1時間以内に高熱がほぼ全員に生じる(表1)。吐き気、食欲不振、嘔吐、倦怠感は線量に依存して被ばく直後から数時間以内に生じるのに対して、発熱、血圧低下、頭痛、神経障害、認知障害は被ばくの1時間から数時間以降に生じる。 3.造血症候群(Hematopoietic syndrome) 造血症候群としては、末梢血リンパ球数の減少、末梢血顆粒球数の一過性上昇が挙げられる。リンパ球は被ばく線量依存的にアポトーシスによる細胞死を起こし、数時間以内に末梢血中から減少し始める。一般に末梢血リンパ球数は約0.5 Gy以上の被ばくにより有意に低下する。末梢血顆粒球数は、1 - 2 Gy以上のγ線急性全身被ばく後24時間以内に増加して数日以内に正常値に戻り、そのまま減少していく。 4.皮膚症候群(Cutaneous syndrome) 皮膚症候群としては、初期紅斑と呼ばれる一過性の紅斑が2 Gy以上の被ばくの数時間後に生じる。通常前駆症状として皮膚に痛みや熱感(熱っぽさ)を感じることはない。 5.胃腸症候群(Gastrointestinal syndrome) 胃腸症候群としては、下痢、腹部疝痛(キリキリとした痛み)が挙げられる。下痢は、4-6 Gy以上の被ばくにより3-8時間後に軽度の下痢が10%以下の人に生じ、8 Gy以上の被ばくにより数分-1時間後に重度の下痢がほぼ全員に生じる(表1)。 6.その他の前駆症状 その他の前駆症状のうち重要なものは、唾液腺の有痛性腫大(痛みを伴う腫れ)と唾液腺型アミラーゼの血中濃度の上昇とチェレンコフ光がある。 1)唾液腺の障害 唾液腺は放射線被ばくにより有痛性に腫大する。さらに、放射線被ばくにより唾液腺細胞はアポトーシスを起こして細胞死を起こし、細胞中からアミラーゼが血中に流れ込み、血中アミラーゼ濃度が上昇する。アミラーゼには、唾液腺由来のS型アミラーゼと膵臓由来のP型アミラーゼがあり、被ばく事故時には主にS型アミラーゼの血中濃度が上昇する。 2)チェレンコフ光 水中で、荷電粒子の速度が高速より速いときに青に近い可視光線を発生する。この現象はチェレンコフ放射と呼ばれ、発生する青い光はチェレンコフ光という(図1)。真空中では光より高速なものは存在しないが、水中では電子は光より高速で移動する事ができる。原子力災害では、核分裂により放出される中性子線により眼の硝子体や水晶体でチェレンコフ現象が生じ、被ばく者はチェレンコフ光による青い光を感じることがある。 7.前駆症状による被ばく線量評価 被ばくによる造血障害が生じるような場合には、早期に被ばく線量を評価し治療を開始する必要がある。急性期の線量評価法としては、前駆症状を利用して急性期に被ばく線量を評価する方法がある。線量評価に用いられる指標としては、末梢血中のリンパ球数と顆粒球数を用いる方法と、嘔吐・下痢・頭痛・意識消失・発熱等の臨床症状によるものがある。こうした前駆症状を指標とした線量評価や、末梢血リンパ球における染色体異常に基づく線量評価は、生物学的線量評価と総称されることもある。 1)末梢血中リンパ球数の減少による線量評価 末梢血中のリンパ球数の減少による線量評価法として、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)では、被ばく後の日数と末梢血中のリンパ球数から被ばく線量を推定する方法を示している[UNSCEAR 1988 Report-Annex G](図2)。末梢血中の顆粒球数の上昇は、被ばく線量と被ばくの範囲に依存するため、被ばく線量評価に用いられる。 2)臨床症状による線量評価 国際原子力機関(IAEA)は、前駆症状のうち嘔吐、下痢、頭痛、意識消失、発熱を用いて前駆期に被ばく線量を評価する方法を提唱している[IAEA safety reports series No.2 1998]。表1に示す通り、被ばく線量を1 - 2 Gy、2 - 4 Gy、6 - 8 Gy、>8 Gyに分けて、それぞれの線量域での前駆症状の重症度、発症時期、発症頻度が示されており、前駆症状から被ばく線量を推定することができる。表1に挙げられている前駆症状の発症時期は24時間以内であり、24時間以内に被ばく線量を推定できる。 |
キーワード | 急性放射線症候群 神経血管症候群 造血症候群 皮膚症候群 胃腸症候群 |
図表 | 図1 アメリカ/アイダホ国立研究所内にある新型実験炉で観測されたチェレンコフ放射の例 (https://en.wikipedia.org/wiki/Cherenkov_radiation#/media/File:Cerenkov_Effect.jpgより図を引用。) 図2 末梢血中のリンパ球数による被ばく線量評価 採血時の被ばく後の日数と、その時の係数a、係数bから図中に示された数式を用いて被ばく線量を計算する。 表1 臨床症状による被ばく線量評価(IAEA safety reports series No.2) |
参考文献 | ・ Fliedner T. M., et al. Medical management of radiation accidents. Manual on acute radiation syndrome. The British Institute of Radiology, Latimer Trend & Company Ltd, UK (2001) ・ IAEA, IAEA safety reports series No.2, Diagnosis and treatment of radiation injuries (1998) https://www.iaea.org/publications/5135/diagnosis-and-treatment-of-radiation-injuries ・ UNSCEAR 1988 Report-Annex G, Sources, effects and risks of ionizing radiation(1988) https://www.unscear.org/docs/publications/1988/UNSCEAR_1988_Report.pdf |
参照サイト | |
作成日 | 2020年12月 |
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