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分野
トリチウムは化学形(水や有機物)によって影響が変わるのでしょうか?
答え トリチウム(3H:三重水素)は水素の放射性同位体であり、化学的には普通の水素(1H:プロチウム)とほぼ同じ性質を持っています。自然界のトリチウムの多くはトリチウム水(HTO)として存在しており、生体内の代謝などを経て一部が有機化合物の水素と置き換わります。有機化合物に含まれるトリチウムは、有機結合型トリチウム(organically-bound tritium: OBT)と呼ばれ、炭素に直接結合している非交換型OBTと、ヒドロキシ基などに含まれ容易に化学反応で離れる交換型OBTに分類されます。
トリチウムはベータ線のみを放出し、その最大エネルギーは18.6 keVと他の放射性核種と比べて格段に低いため、水中では最大でも約6μmしか届きません。この飛程は、細胞核1個の直径よりも小さいため、特に低濃度では細胞内で分布の偏りがあるかどうかで影響が変わる可能性があります。
トリチウム水の場合、化合物としての水であるため、細胞内外問わずほぼ均一に分布することになり、一般的な放射線影響の標的である細胞核も濃度に依存して均一な被ばくを受けますが、OBTの場合は、化合物の種類によって細胞内での分布に偏りが生じる可能性があるため、同じ放射能(ベクレル:Bq)でも生体影響に違いが生じる場合があります。ただし、OBTの生体影響については、後述するように低濃度でのデータが不十分です。
トリチウム化合物の生物学的半減期は、トリチウム自体の物理学的半減期である12.3年よりはるかに短いことがわかっています。例えば、トリチウム水を体内に摂取した場合、その94% - 95%は水のまま体内を循環し、およそ10日の生体半減期で体外に排泄されます。残りの5% - 6%は有機化合物であるOBTに移行し、短期成分はおよそ40日の半減期、長期成分はおよそ1年の半減期で排泄されます(図1)。OBTを摂取した場合は、50%がすみやかに水にまで代謝されてトリチウム水の挙動を、残りの50%は長期成分ならびに短期成分のOBTとして代謝を経て排泄されていくモデルが採用されています(図2)。いずれにしてもOBTの方が体内の滞留時間が長いため生体影響は大きくなり、預託実効線量係数はHTOの1.8×10-8 mSv/Bqに比べて、OBTでは4.2×10-8 mSv/Bqと、およそ2.5倍とされています。なお、OBTのうちでもDNAに直接取り込まれる化合物の場合は、同じ放射能でも生体影響が格段に大きくなることが細胞実験で報告されていますが、このような化合物については被ばく線量の評価ができていないことから、他の化合物や放射性物質との影響比較が行える状況にはありません。原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)も2016年の報告書の中で、OBTの化学形と被ばく線量、生体影響の関係の解明が今後解決すべき課題であると指摘しています。
低濃度のトリチウム化合物の生体影響を調べた例は限られていますが、マウスにさまざまな濃度のトリチウム水を含む水を生涯飲ませて寿命や発がんへの影響を調べた報告があります。その論文[Yamamoto et al. 1998]によると、3.6 mGy/dayの被ばく線量を下回る濃度のトリチウム水(1.39×108 Bq/L)を飲ませたマウスでは寿命の短縮が見られなくなり、12 mGy/dayの被ばく線量を下回る濃度のトリチウム水では発がん影響(発症頻度とがんの種類)が自然発症と同じレベルになることが報告されています。なお、低濃度のOBTに関する研究報告は非常に少なく、実際にHTOと比べて生体影響の違いがどのくらいあるかについては今後の研究の進展が求められます。
キーワード 有機結合型トリチウム(OBT)、非交換型OBT、交換型OBT、体内代謝モデル
図表 図1  トリチウム水(HTO)摂取時のヒトの体内代謝モデル
(ICRPの改訂中モデルを元に改変)
図2 有機結合型トリチウム(OBT)摂取時のヒトの体内代謝モデル
(ICRPの改訂中モデルを元に改変)
参考文献
関連サイト UNSCEAR 2016 Report, Sources, effects and risks of ionizing radiation, Annex C. Biological effects of selected internal emitters - Tritium. United Nations, New York, (2017)
(公財)環境科学技術研究所による日本語訳
(掲載サイト:日本放射線影響学会)
https://www.jrrs.org/assets/file/about/history/unscear_2016annex_v2.pdf
(掲載サイト:日本保健物理学会)
https://www.ies.or.jp/publicity_j/data/unscear_2016annex_v2.pdf

一般社団法人日本放射線影響学会 編、「トリチウムによる健康影響」(2019) https://www.jrrs.org/assets/file/tritium_20191111.pdf
Yamamoto, O. et al. Oral administration of tritiated water (HTO) in mouse. III: Low dose-rate irradiation and threshold dose-rate for radiation risk. Int. J. Radiat. Biol. 73, 535-541 (1998)
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