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大分野 | 線源(計測・評価を含む) |
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中分野 | 元素・放射性核種 |
タイトル | 人体組織内の有機結合型トリチウム |
説明 | この解説では、人体組織内の有機結合型トリチウムについてUNSCEARによる2016年の報告書[UNSCEAR, 2016](以下「UNSCEAR 2016報告書」)を中心にまとめる。 トリチウムは宇宙線と大気中の窒素原子との核反応などによって生成されるため、もともと自然界にも一定量が存在している。また1960年代の大気圏内核実験では大量に放出され、現在でも世界中の核施設から放出されている。 そのため、自然環境中のトリチウムを測定した研究報告は多いが、人体組織内のトリチウム挙動についての報告は少なく、UNSCEAR 2016報告書においても3編の調査報告を取り上げているだけである。そのうち有機結合型トリチウムについて取り上げているものは2編で、うち1編はアメリカでの調査、もう1編は日本での調査に基づくものである。 UNSCEARは、これらの調査報告に基づき、結論として、人体組織内の有機結合型トリチウム(OBT)の量は、環境中のトリチウム量に応じて変化すること、環境中のトリチウムを1としたとき、人体組織内のOBTの量は、1 - 2の間で変化することを述べている。 アメリカでの調査報告[Bogen, D.C. and Welford, G.A., 1976]は、1972年のニューヨークで調査されたもので、肺、肝臓、腎臓組織中のトリチウム濃度を測定した値が記載されているのみで、臓器提供者の年齢や性別など詳しいことは記載されていない。なお、自由水型トリチウム(HTO)は試料を凍結乾燥して得られた水を測定し、OBTは乾燥試料を燃焼して測定した。 肺、肝臓、腎臓のHTOはそれぞれ、320、310、290pCi/L(1pCi = 0.037Bqで計算すると、12、11、11Bq/L)、OBTは530、450、470 pCi/L(1pCi = 0.037Bqで計算すると、20、17、17Bq/L)となり、OBT/HTO比は1.7、1.5、1.6であった。OBT/HTO比は食品でも調べられており、根菜で4.4、新鮮な野菜で2.9、肉で1.4、卵で2.2と、農産物の方が畜産物より高い傾向があった。 日本における調査報告[Hisamatsu, S., et al., 1989, 1992]は、1986年に秋田県で突然死した11遺体(男性10 名、女性1 名、平均年齢 ± SD = 46 ± 16 歳)から摘出した臓器および組織について、トリチウム濃度測定を行ったものであり、脳、肝臓、肺、心臓、および腎臓試料から蒸留した自由水型トリチウム(HTO)、および酸素雰囲気内で乾燥試料を燃焼して得られた燃焼水中のトリチウム(組織結合型トリチウム:OBTとほぼ同意)濃度を測定している。種々の臓器および組織から採取した7試料の自由水型トリチウムの平均濃度は1.5 − 1.9 Bq/Lとほぼ同様であり、組織結合型トリチウムの平均濃度も類似した数値範囲でのばらつきが観察された。 また、これとは別に、健康診断で採取された血液を集めて血清および全血中のトリチウム濃度も測定しており、血清および血液中の自由水型トリチウムおよび組織結合型トリチウムの濃度はほぼ同じであった。 なお、5つの臓器および血清・血液の自由水型トリチウム濃度および組織結合型トリチウム濃度の平均値は1.7 Bq/Lであった。 この論文に引用されているイタリアでの調査はUNSCEAR 2016報告書に取り上げられていないが、組織結合型トリチウムと自由水型トリチウムの放射能比が日本のデータと比較して非常に高く、この高い比率がイタリアの食品におけるトリチウム濃度比率に起因する可能性があるとしている。 HTOを投与した動物実験でも臓器ごとの有機結合型トリチウムが研究されており、UNSCEAR 2016報告書では、TakedaとKasida (1979) によるラットにおけるHTOの体内動態研究が取り上げられている。トリチウム水摂取後の自由水型トリチウムおよび組織結合型トリチウムを分析し、「初期の総トリチウム量に対する組織結合型トリチウムの割合は腎臓で約3%、その他の組織では1 - 5%であった」ことを発見している。 なおICRP Publication 56(1990)に臓器および年齢ごとのトリチウムの実効線量係数が提示されているが、ICRP Publication 89(2002)では基本となった体内動態モデルが改定されており、数値もわずかに変更されることが予定されている。新しいモデルでは、トリチウム水として投与された場合(吸入・経口を問わず)は、急速に血液に移行し全身の水と混合され、94% - 95%はHTOとして残留し、5% - 6%が急速にOBTに移行すると仮定している。成人では、HTOは生物学的半減期10 日で滞留すると仮定し、OBTは化学形に応じて生物学的半減期40 日の短期コンパートメントと生物学的半減期350日の長期コンパートメントに分かれて滞留すると仮定している。 |
キーワード | UNSCEAR2016 OBT(有機結合型トリチウム)、人体 |
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参考文献 | Takeda, H. and Y. Kasida. Biological behavior of tritium after administration of tritiated water in the rat. J Radiat Res 20(2): 174-185(1979) Hisamatsu, S., et al. Fallout 3H in human tissue at Akita, Japan. Health Phys 57(4): 559-563(1989) Hisamatsu, S., et al. Tritium level in Japanese diet and human tissue. J Radioanal Nucl Chem 156(1): 89-102 (1992) Bogen, D.C. and G.A. Welford. "Fallout tritium" distribution in the environment. Health Phys 30(2): 203-208 (1976) |
参照サイト | UNSCEAR, UNSCEAR 2016 Report: "Sources, effects and risks of ionizing radiation" ANNEX C Biological effects of selected internal emitters?Tritium, 245-359 (2016) https://www.unscear.org/docs/publications/2016/UNSCEAR_2016_Annex-C.pdf ICRP. Age-dependent doses to members of the public from intake of radionuclides: Part 1. Publication 56. (1990) https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/ANIB_20_2 ICRP. Basic anatomical and physiological data for use in radiological protection reference values, Publication 89. (2002) https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/ANIB_32_3-4 |
作成日 | 2021年12月 |
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