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大分野 線源(計測・評価を含む)
中分野 元素・放射性核種
タイトル トリチウムの物理的・化学的性質
説明 トリチウムは水素の仲間である。図1に水素の仲間を示す。図に示すように自然界の水素には3種類の仲間が存在する。一つ目は陽子が1個と電子が1個で、質量数が1の(軽)水素と呼ばれる水素である。自然界に存在する水素の仲間のうち99.985%がこの(軽)水素(Hydrogen、H)で、水素と言えばこの軽水素を指す。この水素は安定同位体で放射線は出さない。二つ目は陽子が1個、中性子が1個と電子が1個で質量数が2の重水素(Deuterium、D)である。自然界に存在する水素の仲間のうち重水素は0.015%を占める。重水素も安定同位体で放射線を出さない。三つ目は三重水素である。トリチウム(Tritium、T)ともいう。トリチウムは陽子が1個、中性子が2個と電子が1個で構成されており、質量数は3になる。トリチウムは自然界に存在する水素の仲間の中では、ごく微量しか存在しせず、放射線を出す。トリチウムは水素の放射性同位体である。
図2にトリチウムの壊変の詳細を示す。トリチウムの場合は多すぎる中性子を陽子と電子とニュートリノに分解して、電子とニュートリノを放出する性質がある。この時に放出する電子をβ-線と呼び、この現象をβ-壊変という。トリチウムはこの壊変により安定な3Heに変わる。この時に放出されるβ-線のエネルギーは一定ではなく、図3に示すように、最大エネルギーが18.6keVで、平均エネルギーが5.69keVの連続したエネルギーである。このβ-線のエネルギーは放射性核種から放出される放射線の中でもエネルギーが非常に小さく、最大エネルギーでも、水中では6%程度しか透過できない。そのため、皮膚や容器の壁を通り抜けることができない。
トリチウムの半減期(T)は12.3年である。つまり1日後には99.985%に、1年後には94.5%に減少し、12.3年後には50%に減少する。
先に述べたとおり、水素、重水素、トリチウムは質量数がそれぞれ1、2、3であり、重水素と三重水素の質量は、水素と比べて2倍、3倍となっている。重水素とトリチウムの化学的性質は水素と全く同じだが、重水素とトリチウムの質量が水素と比べて2倍、3倍となっているため、物理的性質に若干の違いがある。例えば沸点を比較すると水素(H2)、重水素(D2)、トリチウム(T2)は、20.6K、23.87K、25.04Kというように、少しずつ異なる(同位体効果)。この同位体効果を用いることにより、水素、重水素、トリチウムを分離することができる。水素の同位体効果は、水素が水の形でも発現し、表1のように、水(H2O)は、0℃で氷から水に融解するが、D2Oは3.79℃、T2Oは4.49℃となり、融点が異なる。水状の水素同位体の同位体効果を用いることにより、ガス状と同じく水素、重水素、トリチウムを分離することができる。
トリチウムは身の回りにたくさん存在する。図4に示すように、環境中には天然のトリチウムと人為起源のトリチウムが存在する。天然のトリチウムは、主に宇宙線(中性子)と大気中の窒素との核反応により生成する。他にも地殻に含まれる238Uや6Liから生成するトリチウムが存在する。人為起源のトリチウムは、ほとんどが原子力施設から放出されており、235Uの三体核分裂や制御用のホウ素と中性子との核反応や、重水素と中性子の核反応により生じる。環境中に存在するトリチウムの化学形は、ガス状(HT、DT、T2)や水状(HTO、DTO、T2O)、ハイドロカーボン(CxHyT)がある。この中でガス状と低分子のハイドロカーボンは大気成分よりも分子量が小さいため、環境中に存在したとしても大気上層に速やかに運ばれる。そのため生活圏にはごく少量しか存在しない。従って、人間の生活圏に存在するトリチウムのほとんどはトリチウム水(HTO)である。
図5に地球上に存在するトリチウムを示している。1945年 - 1980年に核実験が行われ、この時に大量のトリチウムが大気圏内に放出された。その量は186EBqと見積もられた。大気圏内核実験の停止後は実験起因のトリチウムの環境放出が止まったため、トリチウムは壊変により減少しており、百島[1990]によれば核実験由来の推定トリチウム量は1990年で52 EBqである。半減期から計算すると、この量は2021年現在で9.1 (=52×0.5^[(2021-1990)/12.3])EBq、地球上に残存していると思われる。天然のトリチウムの起源として宇宙線と大気との核反応による生成、太陽フレアにより加速された粒子との核反応による生成、太陽から飛来するトリチウムの沈着があり、1年で72PBqのトリチウムが生成していると言われている[UNSCEAR, 2000]。1998年から2002年にかけて、世界の原子力施設から気圏および水圏へのトリチウム年間平均放出量は、UNSCEARは2016年の報告書において、それぞれ11.7 PBqおよび16.0 PBqと見積もっている。
キーワード 水素、重水素、同位体効果
図表 表1:トリチウムの同位体効果
図1:水素の仲間
図2:トリチウムの壊変
図3:トリチウムの壊変時のベータ線のエネルギー
図4:身の回りに存在するトリチウム
図5:地球に存在するトリチウム
参考文献 ・P. Clark Sours, Hydrogen Properties for Fusion Energy, University of California Press, 1985.
参照サイト ・UNSCEAR, UNSCEAR 2000 Report: "Sources, effects and risks of ionizing radiation" ANNEX B Exposures from natural radiation sources, 84-156 (2000)
https://www.unscear.org/docs/publications/2000/UNSCEAR_2000_Annex-B.pdf
・UNSCEAR, UNSCEAR 2016 Report: "Sources, effects and risks of ionizing radiation" ANNEX C Biological effects of selected internal emitters?Tritium, 245-359 (2016)
https://www.unscear.org/docs/publications/2016/UNSCEAR_2016_Annex-C.pdf
作成日 2021年12月
更新日